~主の再臨を待ち望む賢い人と愚かな人~
2008年3月9日
聖書:マタイの福音書25章1〜13節
説教:滝田新二牧師
1.そこで、天の御国は、たとえて言えば、それぞれがともしびを持って、花婿を出迎える十人 の娘のようです。
2.そのうち五人は愚かで、五人は賢かった。
3.愚かな娘たちは、ともしびは持っていたが、油を用意しておかなかった。
4.賢い娘たちは、自分のともしびといっしょに、入れ物に油を入れて持っていた。
5.花婿が来るのが遅れたので、みな、うとうとして眠り始めた。
6.ところが、夜中になって、『そら、花婿だ。迎えに出よ。』と叫ぶ声がした。
7.娘たちは、みな起きて、自分のともしびを整えた。
8.ところが愚かな娘たちは、賢い娘たちに言った。『油を少し私たちに分けてください。私た ちのともしびは消えそうです。』
9.しかし、賢い娘たちは答えて言った。『いいえ、あなたがたに分けてあげるにはとうてい足 りません。それよりも店に行って、自分のをお買いなさい。』
10.そこで、買いに行くと、 その間に花婿が来た。用意のできていた娘たちは、彼といっし ょに婚礼の祝宴に行き、戸が しめられた。
11.そのあとで、ほかの娘たちも来て、『ご主人さま、ご主人さま。あけてください。』と言 った。
12.しかし、彼は答えて、『確かなところ、私はあなたがたを知りません。』と言った。
13.だから、目をさましていなさい。あなたがたは、その日、その時を知らないからです。
序. 当時の「結婚」には3つの段階があった。①親が子どもの結婚の約束を取り交わす。②夫婦の契約(婚約であるが法的には結婚) ③婚約から1年後に夫婦として生活を始める。
今日の「たとえ話」の花婿は、イエス様ご自身。10人の花嫁の友人(娘)は私たちである。
1. 賢い娘と愚かな娘との「類似点」は何か?
① 両者ともに、花婿が来るのを待ち望んでいた。(1節)
10人の娘たちは、皆、信仰のともしびを持っていた。
② 両者共に、同じような弱さを持っていた。(5節)
③ 両者共に、花婿が来る直前に呼び起こされた。(6〜7節)
眠っている娘たちが目を覚ますために、声をかけられたのは主の憐れみではないか。
「しかし、兄弟たち。あなたがたは暗やみの中にはいないのですから、その日が、盗人のよう にあなたがたを襲うことはありません。 」 (第一テサロニケ人への手紙 5:4)
2. 賢い娘と愚かな娘との「相違点」は何か?
① 5人は賢く、他の5人は愚かであった。 (2節)
「そういうわけですから、賢くない人のようにではなく、賢い人のように歩んでいるかどうか、よくよく注意し機会を十分に生かして用いなさい。悪い時代だからです。」(エペソ5:15-16)
あなたの霊的な生活に弛(ゆる)みが生じ、怠慢に陥っていることはないだろうか?
自分自身の信仰生活をチェックしよう。では一体何が賢さなのか?それは油を持っていること。
パウロは、第1テサロニケ5:19「御霊を消してはなりません。」と御霊に満たされることが大切と語る。
② いつも目の前、目先の楽しみや出来事に心を遣い、将来に備えていない。(3〜4・8節)
愚かな娘たちも灯火は持っていた。問題は、いざ花婿が来た時には油がなかった。今まで持っていたものが、肝心の本番の時には全く役に立たない。本番でその真価が問われる。 (例話:大島の大爆発)
③ 愚かな娘は「ともしび」だけ。賢い娘は「ともしび」と「入れ物に油を入れて」いた。(3〜4節)
「入れ物」は、私たちの霊と心(精神)と体のすべての総和である私たちの全人格を指している。聖書では、油は、聖霊様を象徴して用いられている。クリスチャンの生涯は、聖霊様に満たされ、潔められ、心と生活のすべてを神の愛に支配していただく必要があることを教えている。(参照:使徒19:2)
結 論:『花婿(主の再臨)が来てからでは遅すぎる』 (9−13節)
① 今、イエス様を信じ、受け入れる。
花婿が来てからでは遅すぎる。死ぬ間際に信じるからという人がいるが、救いを予約することはできない。門が開かれているうちに入らなければならない。そして、神の国への扉は一たん閉じられたら,開くことはあり得ないのだから。聖書は「今は救いの時」と教えている。人生の途中で燃料が切れてしまった、「ガス切れ」ということがないように心を用いよう!
② 主の主権を認める。
賢い娘たちは主の主権を認めている。現代は、自分のスケジュールを絶えず優先させる時代である。相手のスケジュールのために自分のスケジュールを捨てることはあまりない。主との関係はどうか?
自分の祈りが聞かれないとイライラし、待ち望んでも、なかなか得られないと、不信仰になったりしないだろうか? 何事にも主の時がある。神の主権による。(信仰の人アブラハムは待ち望み祝福された)
③ 聖霊様に満たされなさい。
(エペソ 5:18)「また、酒に酔ってはいけません。そこには放蕩があるからです。御霊に満たされなさい。」 用意の出来ていた賢い娘のように、私たちも、今、聖霊様によってきよめられ、満たされよう。(例話:ご主人様を待ち続けた忠犬ハチ公) 私たちも主への愛を持って、主の再臨を待ち望もう。 あなたも、主の愛と御霊様に満たされて、主を愛し、隣人(家族や友達)を愛し、仕え、歩もう!
主よ、感謝します。
