2008/03/27

キリストの復活 

~主は今生きておられる~

2008年3月23日 イースター・新会堂礼拝開始
聖書:マルコの福音書16章1〜8節
説教:滝田新二牧師
 
1.さて、安息日が終わったので、マグダラのマリヤとヤコブの母マリヤとサロメとは、イエスに油を塗りに行こうと思い、香料を買った。2.そして、週の初めの日の早朝、日が上ったとき、墓に着いた。3.彼女たちは、「墓の入口からあの石をころがしてくれる人が、だれかいるでしょうか。」とみなで話し合っていた。4.ところが、目を上げて見ると、あれほど大きな石だったのに、その石がすでにころがしてあった。5.それで、墓の中にはいったところ、真白な長い衣をまとった青年が右側にすわっているのが見えた。彼女たちは驚いた。6.青年は言った。「驚いてはいけません。あなたがたは、十字架につけられたナザレ人イエスを捜しているのでしょう。あの方はよみがえられました。ここにはおられません。ご覧なさい。ここがあの方の納められた所です。7.ですから行って、お弟子たちとペテロに、『イエスは、あなたがたより先にガリラヤへ行かれます。前に言われたとおり、そこでお会いできます。』とそう言いなさい。」8.女たちは、墓を出て、そこから逃げ去った。すっかり震え上がって、気も転倒していたからである。そしてだれにも何も言わなかった。恐ろしかったからである。

序. イースターおめでとうございます。新会堂礼拝開始を共に喜び、主に感謝しましょう! 主イエス様が十字架に架けられ、墓の中に納められた。その墓の入り口は大きな石で閉じられたが、 復活の朝、その石が転がされた。その意味と復活のメッセージとは何か?

1.  石は転がされていた (16:1〜4)
 日曜の早朝、墓の入り口の石が転がされていた。 大きな石(死の象徴)を転がしたのは誰か?死と生とを支配しておられる主である。死の問題に真の解決を与えることができるのは人間ではない、主だけである。主は、私たちの生活の中の石のような困難な現実を転がして、解放し、道を開き、祝福が注がれる。新会堂建築に立ちはだかる数々の困難な石が、全て主によって転がされた。  イースターの朝、墓の口を開き、永遠のいのちと希望の光が射し込んだ。

2.  十字架にかけられ、復活された主(16:5〜8)
 この復活の出来事において、私たちは、死を打ち破ることのできる命の神、生けるまことの神に出会うのである。ではなぜ、イエス様の復活、イースターは喜びの日なのか? 主の復活後、最初に与えられた6節の天使のメッセージにもう一度耳を傾けよう。 大切なことは、ただ「死んでしまったイエスが復活させられた」と告げられたのではなく「十字架につけられたナザレのイエスが復活させられた」と告げていることである。復活という神の決定的な神の御業は、十字架にかけられた方の復活として現された。ここに大きな意味がある。復活は十字架と結び付けられている。主イエス様はご自分の命をもって私たちの罪を贖うために十字架へと向かわれた。あなたのために、罪の贖いの十字架がこの地上に立てられた。だから、復活された主を仰ぐ時、私たちの希望となるのである。

3.  ガリラヤへ行け  〜新しい使命に生きる〜 (7節)
 御使いは、ガリラヤで再び主にお会いすることができると告げられた。ペテロは、主を裏切った。その主を裏切り、罪を犯した人生の失敗者、落伍者、挫折を経験した者にも知らせてあげなさい、と御使いは語る。主は、私たちを再び主と共に生かそうとしておられる。  主が先にガリラヤに行っておられる。ガリラヤとは、弟子たちが主と最初に出会った場所、「わたしについて来なさい」という主の御声を聞いた場所である。私たちも罪と死から解放され、主と共にやり直すことが許されている。あなたも「わたしについて来なさい」という主の御声を聞くことができる。

結 論: 『 ハレルヤ! 主は今生きておられる 』

 今朝、私たちにも復活の希望のメッセージが届けられている。「ペテロにも告げなさい」と言われたお方は、あなたにも呼びかけておられる。復活のメッセージを伝えられた私たちは、もはや死によって閉ざされた者、困難や絶望の石に閉じこめられた者として生きる必要はない。主は私たちをも、キリストの十字架と復活の出来事を通し、罪と死から解放された者、キリストと共に生きる者として下さった。 主は私たちを再びガリラヤへと導かれる。そこで、あなたも「わたしについて来なさい」という復活の主イエス様の招きの言葉を再び聞くことが許されている。そして主は今生きておられる。
 マルコ 16:15-17 『それから、イエスは彼らにこう言われた。「全世界に出て行き、すべての造られた者に、福音を宣べ伝えなさい。信じる人々には次のようなしるしが伴います。すなわち、わたしの名によって悪霊を追い出し、新しいことばを語り、蛇をもつかみ、たとい毒を飲んでも決して害を受けず、また、病人に手を置けば病人はいやされます。」  
 例話:ミャンマーの死から生き返った僧侶(ヤテイ・ファン・シンタウ・パウロ)の証  
イースターは、私たちにとって、復活の主に出会い、新しい使命に生きることを決断する時に他ならない。 復活の勝利の主と共に、今日からスタートした新会堂で、新たな信仰生活と宣教とキリストの体である教会形成に励もう!     
主よ感謝します。