2008/05/15

聖霊降臨の祝福

2008年5月11日 ペンテコステ礼拝         
新約聖書: 使徒の働き 2章14〜21節       
説教:滝田新二牧師

2:14.そこで、ペテロは十一人とともに立って、声を張り上げ、人々にはっきりとこう言った。  「ユダヤの人々、ならびにエルサレムに住むすべての人々。あなたがたに知っていただきた  いとがあります。どうか、私のことばに耳を貸してください。2:15.今は朝の九時ですから、あなたがたの思っているようにこの人たちは酔っているのではあ  りません。2:16これは、預言者ヨエルによって語られた事です。2:17『神は言われる。終わりの日に、わたしの霊をすべての人に注ぐ。すると、あなたがたの息  子や娘は預言し、青年は幻を見、老人は夢を見る。2:18.その日、わたしのしもべにも、はしためにも、わたしの霊を注ぐ。すると彼らは預言する。2:19.また、わたしは、上は天に不思議なわざを示し、下は地にしるしを示す。それは、血と火  と立ち上る煙である。2:20.主の大いなる輝かしい日が来る前に、太陽はやみとなり、月は血に変わる。2:21.しかし、主の名を呼ぶ者は、みな救われる。』

序. 本日は“ペンテコステ”(聖霊降臨)の記念礼拝である。イエス様が十字架に架かり、私たちの罪の身代わりとなって死なれ、復活されて、40日間人々に現れ、天に帰られて10日後、復活から50日目に、1つ所に集まって祈っていた弟子たちに聖霊様が降臨された祝福の時、教会が誕生した記念日である。聖霊降臨の祝福の恵みを受けよう。

1. 聖霊降臨の祝福   (2:16〜18)

2:17『神は言われる。終わりの日に、わたしの霊をすべての人に注ぐ。すると、あなたがたの息子や 娘は  預言し、青年は幻を見、老人は夢を見る。

① 聖霊による宣教の祝福
17節「あなたがたの息子や娘は預言する」の預言とは御言葉の宣教のこと。この日ペテロの説教で三千人がイエス様を信じて救われ、教会はスタートした。教会の誕生と世界宣教のスタートである。以来、2,000年に渡り、福音は全世界に宣べ伝えられてきた。片柳教会の私たちも、各自の家庭や学校から、世界に向かって御言葉の宣教の祝福を受けて行くのである。

② 聖霊によるビジョンと夢の祝福
(17節.青年は幻を見、老人は夢を見る) 英語では《your young men will see visions, your old men will dream dreams.》
例話:70歳でエベレスト登頂した三浦雄一郎氏『老いは怖くない。目標を失うのが怖い。』
聖霊様に満たされたクリスチャンは、キリストの愛に変えられて、主からビジョンが与えられ、神の目的のために生きるようになる。
私たちの片柳教会も『キリストの愛に変えられた、誰でも安心できる教会 〜地域に開かれた、誰でも安心できる教会〜』という教会のビジョンに従ってグループホームが実現して、今年、新会堂も完成した。聖霊様は、夢とビジョンに生きる教会に変えてくださった。

③ 聖霊による聖化の祝福   〜主の似姿へ変えられる〜
私たちは、一人一人、イエス様の似姿へと聖霊様は変えてくださる。
ガラテヤ 5:22-23「しかし、御霊の実は、愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制です。このようなものを禁ずる律法はありません。」
ピリピ 3:21「キリストは、万物をご自身に従わせることのできる御力によって、私たちの卑しいからだを、ご自身の栄光のからだと同じ姿に変えてくださるのです。」
2.  聖霊様に満たされなさい  (エペソ5:18)
「また、酒に酔ってはいけません。そこには放蕩があるからです。御霊に満たされなさい。」(エペソ5章18節)
聖霊に満たされる事はクリスチャンがクリスチャンとして生きるためには必要不可欠な主の祝福である。聖霊様に満たされずにクリスチャン生活を歩もうとすると難行苦行となる。 

結 論:  聖霊充満のクリスチャンになろう!

① 大胆に主を求め、待ち望む
使徒1章で、弟子たちは主を待ち望み心を1つにして祈っていた。あなたも「私には喜びがない。力がない。主よ、私を聖霊様に満たして下さい。」と大胆に主を求め、待ち望もう。

② 罪を悔い改めて、きよめられる
聖霊様は聖いお方。主の十字架によって罪が赦された者の内にしか住むことができない。もし、あなたの内にある罪を、告白し、聖められないならば、満たされない。あなたには自分の罪を告白する必要がないか? 「もし、私たちは自分の罪を言い表すなら、神は真実で正しい方ですから、その罪を赦し、すべての悪から私たちをきよめてくださいます。」(Iヨハネ1章9節)

③“御霊に満たして下さい”と祈り、主に明け渡そう!
「どうぞこの私を聖霊様に満たして下さい」と日々祈ろう! そして、あなたの全てを主に明渡していく事が必要である。あなたの自我は(そうしたくない)と思う。あなたが握りしめているものはないか? 自分の中で葛藤があっても最終的には「委ねます。お捧げします!」と祈る者になって頂きたい。その時にあなたは聖霊様の満たしを体験するだろう。聖霊充満で歩もう!
主よ、感謝します。