~天国の完成と聖徒の交わり~
2010年9月12日
聖書:ヘブル人への手紙11章39節~12章2節
説教:滝田新二牧師
11:39 この人々はみな、その信仰によってあかしされましたが 、約束されたものは得ませんでした。
11:40 神は私たちのために、さらにすぐれたものをあらかじめ 用意しておられたので、彼らが私たちと別に全うされるという ことはなかったのです。
12:1 こういうわけで、このように多くの証人たちが、雲のよ うに私たちを取り巻いているのですから、私たちも、いっさい の重荷とまつわりつく罪とを捨てて、私たちの前に置かれてい る競走を忍耐をもって走り続けようではありませんか。
12:2 信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さ ないでいなさい。イエスは、ご自分の前に置かれた喜びのゆえ に、はずかしめをものともせずに十字架を忍び、神の御座の右 に着座されました。
序、今日のテーマは「天国について」です。
1.私たちは、天国において一つとなる。(ヘブル11章39~40節)
ヘブル書11章は、聖書に登場する信仰の英雄伝である。 彼らは地上では約束のものを得ることはなかった。しかし、神の約束の実現を楽しみにしている。 彼らの天国での報いは、実は私たちなのである。アブラハムや 旧約の聖徒たちの信仰は、私たちがいて初めて完成する。みこ とばは驚くべき真理を教えている。 天国は、イエス様によって救われた人みんなが入らないと完成 しない。 天国は非常に美しく、天の聖徒は私たちを待っている。 信仰者が皆、完全に1つになる時を待っている。 天国は、個人主義の国ではなく、共同体の国・神の家族の国だ からである。私たちは、キリストの体として、お互いにかけが えのない存在である。 (参照:黙示録5章8~11節) 私たちは、天国の美しい大きなジグソーパズルの絵のピースの 一部なのである。全員が家に着くまでは その絵は完成しない 。彼らは表現できないくらい大きな喜びをもってあなたを迎え てくれる。
2.私たちは、雲のような証人に囲まれている(ヘブル12章1 ~2節)
ヘブル書の記者は、天国をスタジアムのイメージで描いている 。 観客席は、「雲のように」先に天に召された聖徒たちで埋め尽 くされている。観客は、フィールドを見て応援して一緒に戦っ ている。 競技者は誰か? それは地上にあって戦っている私たちである。 「多くの証人たちに雲のように囲まれている。 みんながあなたを応援しているから、さあ、あと1週がんばり なさい。主が命じられた競争を忍耐をもって走り続けよう!」 と力強い声で励ましている。 みことばは最後の最後まで戦うように勧めている。 そこには旧約や新約の預言者、使徒や近代の宣教師たちもいる 。あなたの祖父や祖母・家族がいる。 あなたのために祈ってくれた人々、もう会えないと思った人た ちが、今もあなたを応援している。 天の祝宴は、にぎやかで楽しい。 (参照:ヘブル12章22~23節・ルカ15章10節・黙示録6章10節、 ヘブル7章25節)
イエス様は、永遠のとりなし手として生きておられ、あなたの ために今も祈っていてくださる。 天国で誰かがあなたを応援しているとは、想像もしなかったか も知れない。 使徒信条に「我は聖徒の交わりを信じる」とある。 聖徒の交わりとは次の世界の命との交わりでもある。 地上に留まらず、先に召された人とまだ生きている者との交わ りでもある。キリストの体は天国と地上の溝を越えるのである 。これは聖人崇拝ではない。 (例話:ルターは聖徒の交わりについて1536年ブレーメンの人 に手紙を書いた。「もしも、私が先に召されたら、私は君を引 っ張ることになる、もし君が先に召されるなら君が私を引っ張 るのだ。私たちは神と聖徒が救い主にあって1つであると告白 しているのだから。」) イエス様ご自身もモーセとエリヤの訪問を受けて祝福された。 (ルカ9章28-31節)
(例話:ディチオニの絵画『雲の証人』 講壇の若い説教者の背後に聖書の聖徒たちが取り囲んでいる。 )
結 論: 忍耐をもって走り続けよう! (ヘブル12章1~2節)
あなたが今、遣わされている場所(家庭・学校・職場)で、目 の前のレースを忍耐して走り続けよう! 信仰の創始者であり完成者であるイエス様から目を離してはい けない。将来、あなたは雲のような証人たちを見ることだろう 。大きな家族を見る。 やがて天で雲の証人たちの祝福に迎えられて、地上での労苦が 報われるのだ。
(例話:映画『きみの帰る場所 / アントワン・フィッシャー』 刑務所で生まれ、孤児であった青年が、自分の家族を探し求め 、やがて出会う感動の物語。)