2010/12/13

おことばどおりこの身になりますように

2010年12月12日 アドベント第3週
聖書:ルカの福音書1章26~38節
説教:滝田新二牧師

1:26 ところで、その六か月目に、御使いガブリエルが、神から遣わされてガリラヤのナザレという町のとりの処女のところに来た。

1:27 この処女は、ダビデの家系のヨセフという人のいいなずけで、名をマリヤといった。

1:28 御使いは、入って来ると、マリヤに言った。「おめでとう、恵まれた方。主があなたとともにおられます。」

1:29 しかし、マリヤはこのことばに、ひどくとまどって、これはいったい何のあいさつかと考え込んだ。

1:30 すると御使いが言った。「こわがることはない。マリヤ。あなたは神から恵みを受けたのです。

1:31 ご覧なさい。あなたはみごもって、男の子を産みます。名をイエスとつけなさい。

1:32 その子はすぐれた者となり、いと高き方の子と呼ばれます。また、神である主は彼にその父ダビデの王位をお与えになります。

1:33 彼はとこしえにヤコブの家を治め、その国は終わることがありません。」

1:34 そこで、マリヤは御使いに言った。「どうしてそのようなことになりえましょう。私はまだ男の人を知りませんのに。」

1:35 御使いは答えて言った。「聖霊があなたの上に臨み、いと高き方の力があなたをおおいます。それゆえ、生まれる者は、聖なる者、神の子と呼ばれます。

1:36 ご覧なさい。あなたの親類のエリサベツも、あの年になって男の子を宿しています。不妊の女といわれていた人なのに、今はもう六か月です。

1:37 神にとって不可能なことは一つもありません。」

1:38 マリヤは言った。「ほんとうに、私は主のはしためです。どうぞ、あなたのおことばどおりこの身になりますように。」こうして御使いは彼女から去って行った。

1.神に選ばれたマリヤ  ~名もない少女~  (26~27節)

この「受胎告知」を、多くの画家が描いた。どの絵も、突然の出来事に驚き、恐れ、たたずむマリヤの姿が描かれている。 楽しそうな表情のマリヤはない。クリスマスの出来事は、誰もが想像できなかった。神が人となる受肉の神秘である。  救い主を生む母として選ばれ、用いられたのは、ガリラヤのナザレに住むヨセフのいいなずけ(婚約中)のマリヤであった。当時は、親が決めた結婚で14~15歳で婚約した。現代なら中学2・3年生。マリヤは、まだ少女で、人生体験を積んだ分別のある落ち着いた大人の女性ではない。主は、普通の一人の少女を、救い主の母として選ばれて、用いられた。  マリヤを選ばれた主は、あなたをも選び、神の民の一員とされ、ここに集っている。私たち一人一人の上に、神のご計画があり、神の目的がある。主は、あなたを用いて神の御業を実現しようとしておられる。

2.困惑のマリヤ  ~おめでとう。主が共におられる~ (28~33節)

天使は「おめでとう、恵まれた方。主があなたと共におられます」と呼びかけた。「おめでとう」は元々の意味は「喜びなさい」で、当時挨拶の言葉として用いられていた。しかしマリヤは戸惑い、不安と恐れを感じた。 さらに天使は「こわがることはない。マリヤ。あなたは神から恵みを受けたのです。あなたはみごもって、男の子を産みます。名をイエスとつけなさい」と世界の救い主の誕生を告げた。生まれる子は、「いと高き方の子」神の子と呼ばれ、父ダビデの王座が与えられる。      主イエス様は新しい神の民である世界中の神の教会を永遠に治め、その支配は終わることがないと宣言した。

3.マリヤの応答  ~神に不可能はない~ (34~37節)

マリアの反応は? 34節「どうして、そのようなことになりえましょう。私はまだ男の人を知りませんのに」。まだヨセフと一緒になっていない自分が身ごもって子を生むことなど、当然あり得ない。天使はマリヤの疑問に答えて、「聖霊があなたの上に臨み、いと高き方の力があなたをおおいます。それゆえ、生まれる者は、聖なる者、神の子と呼ばれます。」

聖霊様がマリヤに臨み、神の力によって身ごもる「処女降誕」であると説明した。37節「神にとって不可能なことは一つもない」と宣言された。37節の原文を直訳すると。「なぜなら、神においては、全ての言葉は不可能ではないからだ。」

原文には「すべての言葉」がある。つまり「神の言葉は全て実現する、実現できない言葉はない」と。そこでマリヤは、38節「ほんとうに、私は主のはしためです。どうぞ、あなたのおことばどおりこの身になりますように。」と主に応答した。

「神が語られたみ言葉は必ず実現する」と告げられたことを受けて、「その主のお言葉がこの身に実現しますように」と応答した。私たちの信仰の確信はどこから来るのか? 奇蹟を体験したら? いいえ、主のみ言葉を受け、御言葉を信じ、御言葉の救いの約束を受けることである。聖書の御言葉と私たちの信仰が結びついて、初めて確信となる。

マリヤが処女降誕の奇蹟を体験したように、あなたの信仰が御言葉と結びつき、主の奇蹟を経験する者とされる。

結 論:おことばどおり、この身になりますように  (1章38節) 

1:38 マリヤは言った。「ほんとうに、私は主のはしためです。どうぞ、あなたのおことばどおりこの身になりますように。」こうして御使いは彼女から去って行った。

(1)  私たちも、主のはしためになる

 「わたしは主のはしため(女奴隷)です」 マリヤは主に服従した。しかしそれは、無理やりではなく「わたしは主のはしためとして生きます」というマリヤの意思表示である。主に仕える奴隷として生きることをマリヤは自分から選び取った。 主のはしためとなるとは、「おことばどおり、この身になりますように」と祈りつつ生きる者となることである。

(2)  私たちも、本当の喜びに生きる

 主は「おめでとう(喜びなさい)」と語られた。マリヤの前途は試練といばらの道。しかし、み言葉を受け入れ、主に従う道を選んだ。マリヤの姿に悲壮感はない。むしろ不思議な落ち着き、平安、主に自分の身を委ねた安心がある。マリヤのように「おことばどおりこの身になりますように」と祈り、あなたの人生に御言葉の約束が実現し、本当の喜びと幸せを得ることができるように。主が共にいて下さり、恵みを受け、御業に用いられる、生き甲斐ある人生が開かれる。

主よ感謝します。