2011/02/20

私のたましいは黙って、ただ神を待ち望む

~荒野での信仰の試練の中で~

2011年2月20日
聖書:詩篇62篇1~12節
説教:滝田新二牧師

指揮者のために。エドトンによって。ダビデの賛歌

1.私のたましいは黙って、ただ神を待ち望む。私の救いは神から来る。

2.神こそ、わが岩。わが救い。わがやぐら。私は決して、ゆるがされない。

3.おまえたちは、いつまでひとりの人を襲うのか。おまえたちはこぞって打ち殺そうとしている。あたかも、傾いた城壁か、ぐらつく石垣のように。

4.まことに、彼らは彼を高い地位から突き落とそうとたくらんでいる。彼らは偽りを好み、口では祝福し、心の中ではのろう。 セラ

5.私のたましいは黙って、ただ神を待ち望む。私の望みは神から来るからだ。

6.神こそ、わが岩。わが救い。わがやぐら。私はゆるがされることはない。

7.私の救いと、私の栄光は、神にかかっている。私の力の岩と避け所は、神のうちにある。

8.民よ。どんなときにも、神に信頼せよ。あなたがたの心を神の御前に注ぎ出せ。神は、われらの避け所である。 セラ

9.まことに、身分の低い人々は、むなしく、高い人々は、偽りだ。はかりにかけると、彼らは上に上がる。彼らを合わせても、息より軽い。

10.圧制にたよるな。略奪にむなしい望みをかけるな。富がふえても、それに心を留めるな。

11.神は、一度告げられた。二度、私はそれを聞いた。力は、神のものであることを。

12.主よ。恵みも、あなたのものです。あなたは、そのしわざに応じて、人に報いられます。

序.ダビデは、サウル王に憎まれ、命を狙われ、ユダの荒野を10年間も彷徨った。荒野の試練の中での信仰の告白のまとめである。人生の試練の中で、どこに希望と救いがあるのか? 主の御言葉を受けよう!

1.「私のたましいは黙って、ただ神を待ち望む」(1~4節)

ダビデは「ただ神を待ち望む」という信仰に立っている。「ただ」とは、主のみに信頼して、人間的な一切の力を捨てて、ひたすら心を主に向け、主だけに救いを求めている姿を示している。
「黙って」とは、①呟かない・文句を言わない。②悪あがきをしない。
詩篇131:2乳飲み子は、母親が目の前にいることに満足して、沈黙していることができる。
神の御前で沈黙することは、神への信頼、最高の愛の表現である。(参照:イザヤ57:20・詩篇16:10)

2.「私の望みは神から来る」(5~7節)

ダビデは、サウル王や軍の攻撃の中で、6節「神こそ、わが岩。わが救い。わがやぐら。私はゆるがされることはない。」と告白した。その秘訣は、たましいに「沈黙せよ」と命じること。
様々な思いが湧き起こっても、川の流れのように、ただ受け流す。
そして「主よ、あわれんでください。主よ感謝します。」(ギリシャ語でキリエ・エレーソン)と繰り返えす。
沈黙の中で、たましいは、自分の願望から自由になり、主からの望みを「私の望み」とするように変えられる。

3.「心を 神の御前に注ぎ出せ」(8~11節)

ダビデは、実体験を踏まえて、「民よ。どんなときにも、神に信頼せよ」(8節)しかも、「あなたがたの心を、神の御前に注ぎ出せ」と勧める。実は、「注ぎ出す」とは、「空にする」の意味で、沈黙とは矛盾しない。
神への沈黙は、感情に蓋をすることではない。湧きあがった不安や怒りや悲しみを、主にささげるなら、感情の嵐はしだいに落ち着く。こうして、あなたは8節「神は、われれらの避け所である」」と呼びかける者に変えられる。

例話①:「安全ベルトを忘れた空軍パイロット」  

 主こそ、あなたの人生の避け所であり、城壁であり、力である。 
9、10節は、人間に頼ることのむなしさを語っている。目に見える現実に心が奪われ、神の前に静まることを素通りすると、人の顔色ばかりを気にする人間の奴隷になってしまう。 
「力は、神のもの」(11節)と、目に見える力の背後におられる主に目を向けよう! 
あなたが日々生かされて、信仰を全うできるのは、いついかなる時も、神の恵みによって守られているからである。「あなたこそは、報いてくださる方」とあるように、この世に不条理があっても、主は、最終的にそれらを正し、あなたの人生を完成してくださる。

結 論:ただ黙って、主に向かい、主に従順しよう!

例話②:「信仰には、サル式信仰と猫式信仰」がある。
あなたはどちらだろうか? 私たちの信仰は、サル式ではなく、猫式である。

イザヤ書46章3~4節「胎内にいる時からになわれており、生まれる前から運ばれた者よ。あなたがたが年をとっても、わたしは同じようにする。あなたがたがしらがになっても、わたしは背負う。」

母猫が子猫をしっかりくわえて離さないように、主はあなたの信仰を守り、あなたを見捨てずに、永遠に、天国にまで導いて下さる。
あなたも、ダビデが「ただ黙って」ひたすらに主を信頼したように、主に従順しよう!         

主よ、感謝します。