2011/03/15

神はわれらの避け所、また力である

2011年3月13日
聖書:詩篇 46篇1~11節
説教:滝田新二牧師

指揮者のために。コラの子たちによる。アラモテに合わせて。 歌 46:1

神はわれらの避け所、また力。苦しむとき、そこにある 助け。

46:2 それゆえ、われらは恐れない。たとい、地は変わり山々 が海のまなかに移ろうとも。

46:3 たとい、その水が立ち騒ぎ、あわだっても、その水かさ が増して山々が揺れ動いても。セラ

46:4 川がある。その流れは、いと高き方の聖なる住まい、神 の都を喜ばせる。

46:5 神はそのまなかにいまし、その都はゆるがない。神は夜 明け前にこれを助けられる。

46:6 国々は立ち騒ぎ、諸方の王国は揺らいだ。神が御声を発 せられると、地は溶けた。

46:7 万軍の主はわれらとともにおられる。ヤコブの神はわれ らのとりでである。 セラ

46:8 来て、主のみわざを見よ。主は地に荒廃をもたらされた 。

46:9 主は地の果てまでも戦いをやめさせ、弓をへし折り、槍 を断ち切り、戦車を火で焼かれた。

46:10 「やめよ。わたしこそ神であることを知れ。わたしは国 々の間であがめられ、地の上であがめられる。

46:11 万軍の主はわれらとともにおられる。ヤコブの神はわれ らのとりでである。 

セラ 序.3月11日 午後2時46分、マグニチュード9.0の大地震が東 日本の太平洋沿岸の地域を襲った。 多数の亡くなられた方々、行方不明の方々、怪我をされた方々 、震災で被災された大勢の方々、そのご家族の慰めと励ましを 祈ろう。 また、今も懸命に救援活動されている方々の尊い働きが摩おら れるように祈ろう。 私たち教会の青年(藤村 拓兄)が、東京消防庁の緊急救援隊 として仙台に派遣された、彼の働きのためにも祈ろう。 私たちの人生には、突然の災害や試練や苦しみ遭ったりとき、 主が避け所となってくださるという約束のことばが今朝の御言 葉である。

1節の「避け所」は「避難所・シェルター」で、主は私たちに とって最も安全な逃込む場所である。また「力」は元々「砦・ 城壁」であり、積極的に敵を滅ぼすことのできる力を意味する 。どのようにして、イエス様を信じる者にとって主が「避け所 」「力」となって下さるのか? 主にあって勝利できるのか? 御言葉を受けよう!

第1は、「恐れない」 (恐れから解放される 1~3節) 詩人はこの地上でどんなことが起こっても恐れないと告白する 。 

1節の「苦しむとき」、それは国家存亡の苦難の時を意味する 。この詩篇の背景の出来事はBC701年、南王国ヒゼキヤ王の時 代、アッシリアの王セナケリブによるエルサレム攻撃という国 家存亡の危機。(Ⅱ列王記18~20章)預言者イザヤの主の御言 葉通りに、主は一夜にしてアッシリアの大軍18万5千人を撃た れた。 主の奇跡的な救いと勝利であった。

ローマ8章31節「 神が私たちの味方であるなら、だれが私たち に敵対できるでしょう。」

第2は、 「揺るがない」  (4~7節)

2~3節で、不動の象徴である山々が揺らぎ,海の中に移るよう な前代未聞の出来事(地震や自然災害等)に遭遇しても「決し て恐れない」と信仰告白できるのは、主の守りと導きを体験し た者の恵みである。 「川や大河」は主の豊かな恵みと守りの象徴である。  「わ たしが与える水を飲む者はだれでも、決して渇くことがありま せん。わたしが与える水は、その人のうちで泉となり、永遠の いのちへの水がわき出ます。」(ヨハネ4:14)と、イエス 様はサマリヤの女にご自分こそがいのちの水・川であると言わ れた。

11節「万軍の主」とは、地上の超大国よりも、主なる神こ そが世界最強である。その万軍の主が私たちと共におられると は、まさに恐れるものが何もない。「見よ。私は世の終わりま であなたがたとともにいます」(マタイ28:20)と言われたイエ ス様は、インマヌエルの神である。何と素晴らしい約束だろう か。困難や試練の只中にあっても、私たちの人生は揺らぐこと がない。否、人生ばかりでなく、あなたの家庭も、教会も揺ら ぐことがない。 あなたは主という避け所である分厚い強力な 核シェルターの中に守られている。どんなに槍や弓や砲弾が飛 んできても届かない、高い城壁に囲まれている。

第3は、 「静まること(祈り)」  (8~11節) 10節「やめよ。わたしこそ神であることを知れ」の「やめよ 」とは「力を抜け、手を下ろせ」という意味で、武装解除の命 令である。これは、主に信頼すること。主の前に静まること、 つまり「祈り」である。                          

結 論: どんな時も、主を「避け所・わが力」としよう!

①「主を避け所とする」人は、主を信頼し、主の中に入ってい つも留まる人です。 言い換えれば、いつも主の臨在の中に入って留まる、みことば に留まり、いつも聖霊に満たされ、主の平安と勝利を受ける人 です。

② 主の再臨に備えよう! マタイ24章4~14節  

24:4 そこで、イエスは彼らに答えて言われた。「人に惑わさ れないように気をつけなさい。

24:5 わたしの名を名のる者が大ぜい現れ、『私こそキリスト だ』と言って、多くの人を惑わすでしょう。

24:6 また、戦争のことや、戦争のうわさを聞くでしょうが、 気をつけて、あわてないようにしなさい。これらは必ず起こる ことです。しかし、終わりが来たのではありません。

24:7 民族は民族に、国は国に敵対して立ち上がり、方々にき きんと地震が起こります。

24:8 しかし、そのようなことはみな、産みの苦しみの初めな のです。

24:9 そのとき、人々は、あなたがたを苦しいめに会わせ、殺 します。また、わたしの名のために、あなたがたはすべての国 の人々に憎まれます。

24:10 また、そのときは、人々が大ぜいつまずき、互いに裏 切り、憎み合います。

24:11 また、にせ預言者が多く起こって、多くの人々を惑わ します。

24:12 不法がはびこるので、多くの人たちの愛は冷たくなり ます。

24:13 しかし、最後まで耐え忍ぶ者は救われます。

24:14 この御国の福音は全世界に宣べ伝えられて、すべての 国民にあかしされ、それから、終わりの日が来ます。

この地震を体験し、再び、世の終わりがあることと、救い主イ エスさまを信じ、救いを受けましょう。 そして、再臨への備えを受けましょう 主こそ、私たちの避け所、また力です。 「もう駄目だ。」「もう絶えられない」という時、あなたの主 が来て下さるのです。人生の谷間に落とされる時も、万軍の主 が共にいて下さり、そこに花を咲かせ、光をあてて下さるので す。そして、その時、主こそがあなたの主であり、避け所、と りで、力であることを知るのです。

主よ、感謝します。