2011/03/22

心の癒しと救い

~東日本大震災を覚えて~

2011年3 月20日
聖書:第1ペテロの手紙 2章22〜24 節
説教:滝田新二牧師

2:22 キリストは罪を犯したことがなく、その口に何の偽りも 見いだされませんでした。

2:23 ののしられても、ののしり返さず、苦しめられても、お どすことをせず、正しくさばかれる方にお任せ になりました。

2:24 そして自分から十字架の上で、私たちの罪をその身に負 われました。それは、私たちが罪を離れ、 義のために生きるためです。キリストの打ち傷のゆえに、あな たがたは、いやされたのです。

序.3月11日の東日本大震災で亡くなられた方が、20日現在7900 人の方々と行方不明の方々は19,000人を越えました。地震と津 波、そして原発と3重苦の試練で避難されている40万人の苦 難を共に覚えましょう。
悲しみと痛みの中に方々に主からの慰めと励ました与えられる ように。
今も懸命に救助活動に励んでおられる方々が主に守られるよう に。私たちの教会の青年会のメンバーの藤村拓兄(東京消防隊 員)は東京消防庁の緊急援助隊として大きな被害を受けた宮城 県気仙沼の現地に14日(月)~19日(土)まで派遣され救援活動に 従事し、帰任した。礼拝で、クリスチャンの消防士としての証 を今朝の礼拝で分かち合ってくれた。
また今朝、教会の皆さん、未信者の皆さまも沢山の救援物資を 持参して礼拝に来られました。段ボール35個の救援物資を車2 台で届けました。私たちにできることを精一杯協力していきま しょう。

被災された方々は、いったいどれほど、多くの涙、痛みがそこ にあるでしょうか?
人が生きるということは、悲しみや苦しみ、痛みや傷を避ける ことはできません。それはどのようにしていやされるのでしょ うか?

1.  人は、誰も、痛み傷つきます。

ここに1つの詩があります。相田みつをさんの詩集「人間だも の」の中の「つまずいたおかげで」という詩です。  

<つまずいたおかげで>

つまずいたり ころんだり したおかげで   物事を深く考えるようになりました。 あやまちや 失敗を繰り返したおかげで   少しずつだが人のやることを  暖かい目で見られるようになりました

何回も追いつめられたおかげで  人間として自分の弱さとだらしなさを  嫌というほど知りました

だまされたり 裏切られたりしたおかげで  鹿正直で親切な人間の暖かさも 知りました そして・・・ 身近な人の死に逢うたびに  人の命のはかなさと

今ここに 生きている事の尊さを  骨身にしみて味わいました 人のいのちの尊さを 骨身にしみて味わったおかげで 人のいのちを ほんとうに大切にする  本物の人間に 裸で逢う事ができました

一人の ほんものの人間にめぐり逢えたおかげで  それが縁となり

次々に 沢山のよい人たちに めぐり逢うことができました だから わたしのまわりにいる人たちは  みんなよい人ばかりなんです」

このような詩です。

誰でも、思い出されることでしょう。 人生の歩みの長い短いには関係なく、つまずき、転び、傷つい た過去の出来事。失敗や過ちを繰り返して私たちは成長してき ました。でも、どうしても忘れられない、許すことのできない 過去というのもあるでしょう。 今だに、想い出す度に、胸の奥がギュツと痛むという傷を抱え でいらしゃる方もおられるかも知れません。  

2. 人の痛み、傷はどうのように癒されるのでしょうか? ここに短大を卒業したA子さんがいます。 彼女は結婚しました。
ここに来るまでには色々なことがありました。その最大の事は 妹でした。
妹さんは脊髄性の小児マヒ。両親は男の子が欲しいと希望した のですが、体の不自由な女の子が生まれました。錯乱状態にま で苦悩した両親は幼いA子さんにも八つ当たりしてきました。
 両親と同じようにA子さんにとっても妹は邪魔者でありまし た。中学生の思春期の時、美術クラブの先輩の男子生徒から「 おまえの妹をモデルにしたら面白い絵が描けるナアー」って、 みんなの前でからかわれました。バレンタインのチョコまで贈 った相手だけに、ショックが大きく決定的に傷つきました。彼 への怒りはやがて妹への憎しみと両親への恨みに変わっていた のです。

「Kちゃんだって神様からいただいた人なんだよ。」とお母さ んは言いましたが、普段、信仰には縁遠い母が神を語ることに 理解に苦しんだそうです。
 高校生の時、ダウン症の弟を持つ友達と親しくなり、今まで は自分だけが「世界で一番惨めな人間だ」と決めつけていまし たが、不幸な人はたくさんいることを知ります。やがて短大に 進学し、交通事故でご主人を亡くされたおばさんの家に下宿す るようになります。このおばさんに誘われて教会に出席するよ うになりました。でも、どうしてもイエス・キリストが十字架 に架かられた意味が分かりませんでした。
クリスマスにおばさんから神谷恵美子さん(ハンセン氏病の患 者さんに生涯仕えられたクリスチャン医師)の本「こころの旅 」をプレゼントされました。それを機会に彼女は神谷さんの著 作集を読み、1つの詩を読んだとき、目が一点に集中し、体中 が金縛りにあったようになりました。

それは神谷美恵子さんが初めてハンセン氏病患者に出会った時 の体験を書いた詩でした。

「なぜ、わたしたちではなく、あなたが、   あなたは代わってくださったのだ。」

神谷さんは自分と目の前にいる病気の人を見つめ、この悲劇 をなぜ、あなたが背負い、私はこのように健康なのか。そうだ 、あなたが代わって下さったのだ。その詩を前に、A子さんの 体はわなわなと震えました。

 運命は紙一重です。なぜ、妹が小児マヒになり、この私がな らなかったのか。私がなっていたのかも知れない。  叔父さんの交通事故でA子さんのお父さんは安全運転に心がけ るようになりました。大きい小さいは別にして、一家の中で誰 かがみんなのために代わってくれていることがある。社会の中 でもそうだ。誰かが代わりになっている。いじめによる子供の 自殺はみんなの警鐘となり、反省を与えています。私たちは飢 えを知りませんが、アジア、アフリカの子供たちの飢餓の実態 から飢餓を知り、自分たちがいかに恵まれているかを知ります 。

 A子さんは、何気なくタンスか短大の卒業式に着る着物を取 り出しました。着物と妹の顔がダブつきました。妹はこの着物 と袴を着て卒業式に出ることはできない。  その時に、カアッと彼女の目が開かれました。    

イエス・キリストが十字架に架かられた姿が彼女の心の中に 飛び込んできたのです。「ああ、あのお方は私の罪の身代わり として十字架の刑について下さったのだ。 妹など死んでしまったほうがいい、どこかに消えてしまえ。」 そんな考えばかり、ずうっと持ち続けてきた己の罪深さをどう することもできない自分を知りました。 イエス・キリストはこの私の罪を許すために代わって十字架の 刑に架かられたのだ。こうして彼女は心の傷が癒され、家族み んなが教会に通うようになりました。

3.人は、イエス様の十字架によって癒され、救われる。  

「キリストは罪を犯したことがなく、その口に何の偽りも見 出されませんでした。ののしられても、ののしり返さず、苦し められても、おどすことをせず、正しく裁かれる方にお任せに なりました。そして自分から十字架の上で、私たちの罪をその 身に負われました。それは、私たちが罪を離れ、義のために生 きるためです。キリストの打ち傷のゆえに、あなた方は癒され たのです。」 (新約聖書、第一ペテロの手紙 2章22〜24節)  

イエス様の十字架によって、あなたの痛みと傷は、いやされ るのです。 イエス様の十字架を信じる信仰によって救われます。

被災された方々が、主のいやしと救いにあずかれるように祈り ましょう。 被災された教会とクリスチャンの兄弟姉妹が、主の愛と希望を 届けることができるように祈りましょう。

主よ感謝します。