2011/05/31

人生の再出発のチャレンジ②

~あなたはわたしを愛するか~
    
2011年5月29日
聖書:ヨハネの福音書21章15~22節           
説教:滝田新二牧師

15.彼らが食事を済ませたとき、イエスはシモン・ペテロに言われた。「ヨハネの子シモン。あなたは、この人たち以上に、わたしを愛しますか。」ペテロはイエスに言った。「はい。主よ。私があなたを愛することは、あなたがご存じです。」イエスは彼に言われた。「わたしの小羊を飼いなさい。」

16.イエスは再び彼に言われた。「ヨハネの子シモン。あなたはわたしを愛しますか。」ペテロはイエスに言った。「はい。主よ。私があなたを愛することは、あなたがご存じです。」イエスは彼に言われた。「わたしの羊を牧しなさい。」

17.イエスは三度ペテロに言われた。「ヨハネの子シモン。あなたはわたしを愛しますか。」ペテロは、イエスが三度「あなたはわたしを愛しますか」と言われたので、心を痛めてイエスに言った。「主よ。あなたはいっさいのことをご存じです。あなたは、私があなたを愛することを知っておいでになります。」イエスは彼に言われた。「わたしの羊を飼いなさい。

18.まことに、まことに、あなたに告げます。あなたは若かった時には、自分で帯を締めて、自分の歩きたい所を歩きました。しかし年をとると、あなたは自分の手を伸ばし、ほかの人があなたに帯をさせて、あなたの行きたくない所に連れて行きます。」

19.これは、ペテロがどのような死に方をして、神の栄光を現すかを示して、言われたことであった。こうお話しになってから、ペテロに言われた。「わたしに従いなさい。」

20.ペテロは振り向いて、イエスが愛された弟子があとについて来るのを見た。この弟子はあの晩餐のとき、イエスの右側にいて、「主よ。あなたを裏切る者はだれですか」と言った者である。

21.ペテロは彼を見て、イエスに言った。「主よ。この人はどうですか。」

22.イエスはペテロに言われた。「わたしの来るまで彼が生きながらえるのをわたしが望むとしても、それがあなたに何のかかわりがありますか。あなたは、わたしに従いなさい。」

序. ヨハネの福音書は20章で終わり、21章は付録となっている。しかし、欠かすことができない大切な内容となっている。21章の内容は、2つの出来事である。
1つ目は、失望落胆した弟子たちがガリラヤ湖に戻り、徹夜で漁をしても一匹も取れなかったが、復活の主に出会い、主のみことばに従った時、大漁の恵みを受けた出来事。
今日は、2つ目、主イエス様がいかに癒し、回復させて、新しいビジョンを与え、人生の再出発をさせてくださるのか、共にみことばを受けよう!

1.   あなたはわたしを愛するか?  (15~16節)

 弟子たちは、命を懸け仕事も捨てて、イエス様に従ったのに、どうして失望落胆して、昔の職業に戻ろうとしたのか?
 人は誰でも、どんなに恵まれて、十字架と復活の救いを知っても、過去に戻ろうとする罪人の習性がある。
 しかし主はそのような人を放って置かれることはない。
その人を訪ね、癒して、再び回復させる。再出発させる目的は何か? 
 彼らにビジョンを与えるためである。
人はビジョンがなければ、動物と同じである。
ただ食べて、飲んで、努力して富や名声を獲得しても、それだけでは希望がない。
自分は何のために生まれたのか?何をなして天国に行くのか?
勉強やビジネス、結婚も、主のため、それが神の祝福である。
これを見失うとすべてが虚しくなる。
イエス様は、弟子たちにパンと魚を焼いてもてなした。
主は傷ついた人、裏切った人を叱らない。
主はペテロに「あなたは私を愛するか?」と尋ねた。
ペテロはイエス様が大好きである。
でも裏切ったから、もう愛しているとは言えない。
でも、心の隅には、友情が少しは残っていたので「イエス様はご存知でしょう」と答えた。主は神の愛を表すアガペーを使って2度「私を愛しているか」と問われたが、ペテロは友情の愛を表すフィレオで、2度「愛します」と答えた。
すると3度目は、「では友情の愛・フィレオでいいから私を愛するか」と尋ねます。
すると、ペテロは友情のフィレオで「あなたを愛します」と答えた。
 なぜ、主は3度も繰り返し「あなたは私を愛するか」と尋ねられたのか?
それはペテロが、3度主を裏切り、傷ついたので、主は3度尋ねて、ペテロの傷を1つ1つ癒されたのである。

2.  あなたはわたしの羊を飼いなさい (17節)

主はペテロに、新しい使命・ミッションを与えられた。「私の羊を飼いなさい。」
あなたは、主と交わるだけでなく、聖徒との交わりを持っているだろうか? 
失敗し、傷つき倒れた一人の魂のために祈り、愛して、羊を牧しているだろうか? 
だから教会には小グループの交わりが必要である。
私たちは主に愛されて、主を愛するようになる。
主を愛するとは具体的には、たましいを愛することである。
人を愛することで私たちは成長する。こうして、私たちはたましいの羊飼いとなる。
主は、あなたが大きな仕事をなし、家を建て、社長や総理大臣になっても、それにあまり興味がない。あなたが、失望落胆した人をどれだけ助けたか、励まして、愛し回復させたかに大きな関心を持っておられる。

イエス様は、私たちに「愛するビジョン」を与えられた。
そして、人を愛するためには、ご聖霊様の油注ぎの助けが必要である。

3.  あなたはわたしに従いなさい (18~19節)

最後に、イエス様は、ペテロに「わたしに従いなさい。」とお命じになられた。
私たちは、色々と自分の計画を立てる。
しかし、主は、あなたは、語られる。
「あなたは自分の計画した道に進むな。主のみこころを求め、主に従いなさい。」

 箴言16章9 節『人は心に自分の道を思い巡らす。しかし、その人の歩みを確かなものにするのは主である。』 

(例話:滝田牧師の献身の証し)

愛する兄弟姉妹、主を愛し、たましいを愛し、主に従いましょう!            

主よ感謝します。