2011年6月19日
聖書:ローマ人への手紙8章31~39節
説教:滝田新二牧師
31.では、これらのことからどう言えるでしょう。神が私たちの味方であるなら、だれが私たちに敵対できるでしょう。
32.私たちすべてのために、ご自分の御子をさえ惜しまずに死に渡された方が、どうして、御子といっしょにすべてのものを、私たちに恵んでくださらないことがありましょう。
33.神に選ばれた人々を訴えるのはだれですか。神が義と認めてくださるのです。
34.罪に定めようとするのはだれですか。死んでくださった方、いや、よみがえられた方であるキリスト・イエスが、神の右の座に着き、私たちのためにとりなしていてくださるのです。
35.私たちをキリストの愛から引き離すのはだれですか。患難ですか、苦しみですか、迫害ですか、飢えですか、裸ですか、危険ですか、剣ですか。
36.「あなたのために、私たちは一日中、死に定められている。私たちは、ほふられる羊とみなされた。」と書いてあるとおりです。
37.しかし、私たちは、私たちを愛してくださった方によって、これらすべてのことの中にあっても、圧倒的な勝利者となるのです。
38.私はこう確信しています。死も、いのちも、御使いも、権威ある者も、今あるものも、後に来るものも、力ある者も、
39.高さも、深さも、そのほかのどんな被造物も、私たちの主キリスト・イエスにある神の愛から、私たちを引き離すことはできません。
序.今日は「 父の日」である。
1934年、アメリカで6月の第三日曜日が「父の日」と制定された。
父親の愛は、子どもを叱り訓練する愛であり、母親の愛は叱られた子どもを慰める愛。どちらも同じ親の愛であり、ただその表れが違う。
父なる神の愛を通して、「父の愛」について、共にみことばを受け、勝利の人生の祝福を受けよう!
1. 御子を愛された父の愛 (ヨハネ20:17、ヨハネ15:9)
聖書は、神の愛を父の愛として描いている。
「神の御霊に導かれる人は、だれでも神の子どもです。…私たちは御霊によって『アバ、父。』と呼びます。」(ローマ8:14-15)
「女が自分の乳飲み子を忘れようか。自分の胎の子をあわれまないだろうか。たとい、女たちが忘れても、このわたしはあなたを忘れない。」(イザヤ49:15)と神の愛が母の愛にもたとえられている。
しかし多くは父の愛である。なぜか?
神は実際に「父」である。神は御子イエス様の父である。
復活のイエス様は、マグダラのマリヤに、「わたしの父またあなたがたの父」(ヨハネ20:17)と呼んでいる。
「神は愛なり。」と言う時、私たちは人間に対する愛を考えるが、人間を造られる前も、神は愛であり、神は誰かを愛しておられた。
その「誰か」とは、御子である。父なる神はその永遠の始まりから御子を愛しておられた。だから、イエス様は弟子たちに「父がわたしを愛されたように、わたしもあなたがたを愛しました。」(ヨハネ15:9)と言われた。
父なる神が御子を愛された愛で、主イエス様が私たちを愛してくださった。言い換えれば、父なる神が、まるで、御子を愛するかのように、あなたを愛してくださった。
「私たちが神の子どもと呼ばれるために、…御父はどんなにすばらしい愛を与えてくださったことでしょう。」(1ヨハネ3:1)
この神の愛の広さ、深さ、その大きさを、立ち止まって静かに考えてみたことがあるだろうか?神の愛を知ると、私たちは、劣等感から解放され、人を妬まずに、自信をもって人生を生きることができるように変えられる。
あなたは、この神の愛を受け取っているだろうか?
(ヨハネ1:12)「この方を受け入れた人々、すなわち、その名を信じた人々には、神の子どもとされる特権をお与えになった。」
イエス様をあなたの救い主として、あなたの心と人生に迎え入れる時、あなたは、父なる神の子どもとなって、父の愛を受ける。世の中の愛は、親子の愛、夫婦の愛であっても移り変わる。しかし、父なる神の愛は変わることがない。そして見捨てられることもない。
(詩篇27:10・イザヤ46:4)
2. 御子を犠牲にした父の愛 (ローマ8:32~36)
父なる神は、愛してやまない御子イエス様を犠牲にしてまでも、私たちを愛してくださった。(ヨハネ3:16)
神の御子に対する愛を少しでも理解できたなら、その御子を与えてまで罪人を救おうとされた神の愛がどんなに大きいかがわかる。
母親の愛は、どちらかと言えば、家を守り、家族を守ろうとする愛である。
しかし、父親の愛は、持っているものを手放してまでも、相手を愛するという面がある。
いつの時代も、どの国でも、父親たちは、国を守るため、家族を守るため、あえて危険な場所にも出て行く。神の愛が「父の愛」と呼ばれるのは、人間を罪から救い出すために御子を犠牲にすることもいとわなかった、その愛のゆえである。
例話:『グスタフ・フォス神父と父の関係』 「日本の父へ」より
父は炭鉱夫で、無学であったが信仰と知恵とに富んだ人で、フォスのたましいの教師であった。父と子の間には、深い愛のきずながあり、わが子を手放し、外国の日本に送り出した。32年間一度も逢うことがなかった。父は、喜んでその犠牲を払った。
父は息子のために祈りながら生涯を閉じた。
結論: 『父の愛は、あなたに勝利を与える 』 (ローマ8:37~39)
父なる神は、犠牲の愛で御子を地上に送り、十字架へと送り出された。
私たちは、ご自分の御子を手放した神の愛によって救われた。
この愛によって、あなたは、圧倒的な人生の勝利者となるのである。
主よ、感謝します。