2011/07/24

勝利の秘訣(3)

~ヨシャパテに学ぶ~

2011年7月24日
旧約聖書:第2歴代誌 20章1-27節                   
説教:滝田新二牧師

1.この後、モアブ人とアモン人、および彼らに合流したアモン人の一部がヨシャパテと戦おうとして攻めて来た。

2 そこで、人々は来て、ヨシャパテに告げて言った。「海の向こうのアラムからおびただしい大軍があなたに向かって攻めて来ました。早くも、彼らはハツァツォン・タマル、すなわちエン・ゲディに来ています。」

3.ヨシャパテは恐れて、ただひたすら主に求め、ユダ全国に断食を布告した。

4.ユダの人々は集まって来て、主の助けを求めた。すなわち、ユダのすべての町々から人々が出て来て、主を求めた。

5.ヨシャパテは、主の宮にある新しい庭の前で、ユダとエルサレムの集団の中に立って、

6.言った。「私たちの父祖の神、主よ。あなたは天におられる神であり、また、あなたはすべての異邦の王国を支配なさる方ではありませんか。あなたの御手には力があり、勢いがあります。だれも、あなたと対抗してもちこたえうる者はありません。

7.私たちの神よ。あなたはこの地の住民をあなたの民イスラエルの前から追い払い、これをとこしえにあなたの友アブラハムのすえに賜ったのではありませんか。

8.彼らはそこに住み、あなたのため、御名のために、そこに聖所を建てて言いました。

9.『もし、剣、さばき、疫病、ききんなどのわざわいが私たちに襲うようなことがあれば、私たちはこの宮の前、すなわち、あなたの御前に立って──あなたの御名はこの宮にあるからです──私たちの苦難の中から、あなたに呼ばわります。そのときには、あなたは聞いてお救いくださいます。』

10.ところが今、アモン人とモアブ人、およびセイル山の人々をご覧ください。この者たちは、イスラエルがエジプトの地を出て来たとき、イスラエルがそこに侵入することをあなたがお許しにならなかった者たちです。事実、イスラエルは彼らから離れ去り、これを根絶やしにすることはしませんでした。

11.ご覧ください。彼らが私たちにしようとしていることを。彼らは、あなたが私たちに得させてくださったあなたの所有地から私たちを追い払おうとして来ました。

12.私たちの神よ。あなたは彼らをさばいてくださらないのですか。私たちに立ち向かって来たこのおびただしい大軍に当たる力は、私たちにはありません。私たちとしては、どうすればよいかわかりません。ただ、あなたに私たちの目を注ぐのみです。」

13.ユダの人々は全員主の前に立っていた。彼らの幼子たち、妻たち、子どもたちも共にいた。

14.ときに、主の霊が集団の中で、アサフ族の出のレビ人ヤハジエルの上に臨んだ。彼はマタヌヤの子エイエルの子ベナヤの子ゼカリヤの子である。

15.彼は言った。「ユダのすべての人々とエルサレムの住民およびヨシャパテ王よ。よく聞きなさい。主はあなたがたにこう仰せられます。『あなたがたはこのおびただしい大軍のゆえに恐れてはならない。気落ちしてはならない。この戦いはあなたがたの戦いではなく、神の戦いであるから。

16.あす、彼らのところに攻め下れ。見よ。彼らはツィツの上り道から上って来る。あなたがたはエルエルの荒野の前の谷のはずれで、彼らに会う。

17.この戦いではあなたがたが戦うのではない。しっかり立って動かずにいよ。あなたがたとともにいる主の救いを見よ。ユダおよびエルサレムよ。恐れてはならない。気落ちしてはならない。あす、彼らに向かって出陣せよ。主はあなたがたとともにいる。』」

18.それで、ヨシャパテは地にひれ伏した。ユダのすべての人々とエルサレムの住民も主の前にひれ伏して主を礼拝し、

19.ケハテ族、コラ族のレビ人たちが立ち上がり、大声を張り上げてイスラエルの神、主を賛美した。

20.こうして、彼らは翌朝早く、テコアの荒野へ出陣した。出陣のとき、ヨシャパテは立ち上がって言った。「ユダおよびエルサレムの住民よ。私の言うことを聞きなさい。あなたがたの神、主を信じ、忠誠を示しなさい。その預言者を信じ、勝利を得なさい。」

21.それから、彼は民と相談し、主に向かって歌う者たち、聖なる飾り物を着けて賛美する者たちを任命した。彼らが武装した者の前に出て行って、こう歌うためであった。「主に感謝せよ。その恵みはとこしえまで。」

22.彼らが喜びの声、賛美の声をあげ始めたとき、主は伏兵を設けて、ユダに攻めて来たアモン人、モアブ人、セイル山の人々を襲わせたので、彼らは打ち負かされた。

23.アモン人とモアブ人はセイル山の住民に立ち向かい、これを聖絶し、根絶やしにしたが、セイルの住民を全滅させると、互いに力を出して滅ぼし合った。

24.ユダが荒野に面した物見の塔に上ってその大軍のほうを見渡すと、なんと、死体が野にころがっている。のがれた者はひとりもない。
25.ヨシャパテとその民が分捕りをしに行くと、その所に、武具、死体、高価な器具を数多く見つけたので、これを負いきれないほど、はぎ取って、自分のものとした。あまりにも多かったので、彼らはその分捕りに三日かかった。

26.四日目に、彼らはベラカの谷に集まり、その所で主をほめたたえた。それゆえ、人々はその所の名をベラカの谷と呼んだ。今日もそうである。

27.それから、ユダとエルサレムの人々はひとり残らず、ヨシャパテを先頭にして、喜びのうちにエルサレムに凱旋した。主が彼らに、その敵のことについて喜びを与えられたからである。

序.勝利の秘訣の3回目である。
先週のダビデ王の子ソロモン王の死後、北イスラエルと南ユダに分裂した。
南王国4代目の王がヨシャパテである。彼は、主に従う良き王で、平穏な日を送っていた。しかし、困難な問題が起る。突然、敵のモアブ・アモンの連合軍が侵略して来た。
ヨシャパテは、どう対処したのか?
私たちは、しばしば人間の方法で解決しようとするが、霊的問題で勝利するためには、霊的武器が必要である。 

ヨシャパテの勝利には、3つの秘訣がある。

第1は、「祈り」である。  (20章3~13節)

3節「ヨシャパテは恐れて、ただひたすら主に求め、ユダ全国に断食を布告した。」
困難に出会った時、大抵の人はあわてる。
ヨシャパテは、恐れたが、主に向かい、主の前にひざまずいた。
そしてユダ全国の人々に断食の祈りを要請した。
現代ならば、教会に行って祈ることではないか。
人生の困難や危機の時、教会に行って主の助けを求める。それは素晴らしい事である。ヨシャパテは「私たちの神よ。あなたは彼らを裁いては下さらないのですか?この戦いは私たちが仕掛けたものではありません。私たちは、ただあなたに目を注ぎ、主の助けと救いを待ち望むのみです。」と祈った。

第2は、「御言葉」である。  (20章14~17節)

15節「あなたがたはこのおびただしい大軍のゆえに恐れてはならない。気落ちしてはならない。この戦いはあなたがたの戦いではなく、神の戦いである。」と主は語られた。

私たちは毎日、新聞やTVやネットで否定的な言葉を聞いている。 
この世は、否定的な事を信じさせようとする。
ヨシャパテは「この戦いは神の戦いである」との御言葉を受けた。
私たちの人生も同じである。
この世のアドバイスや励まし以上に、主の御言葉に聴き、勝利の備えを受けよう。

第3は、「賛美」である。  (20章18~25節)

ヨシャパテは、出陣に際して、民と共に賛美の声を上げた。
21節「主に感謝せよ。その恵みはとこしえまで。」
賛美によって、主は道を開かれる。この賛美の声が響き渡ると、神が介入され、敵は打ち破られた。賛美が勝利への道を開く。

例話1:ヨシュアに導かれたイスラエルの民が7回賛美して回り、エリコの城壁は崩れた。(ヨシュア記6章) また、新約では、パウロとシラスがピリピ宣教で迫害を受け、獄中で真夜中に賛美した時に、地震が起き、看守とその家族が救われる奇跡が起った。
いずれも勝利は賛美からであった。

例話2:マルチン・ルターは「賛美は悪魔の軍隊をけちらす神の進軍ラッパである。」

賛美は力である。賛美は礼拝の前座ではない。
賛美の1つ1つもまた神の力強い臨在の証である。

あなたが、どのように「祈る」かで、勝利の大きさが決められる。
「御言葉」を受けることで、勝利の確信が与えられる。
どのように「賛美する」かで、あなたの人生の最後が決まる。

結 論:  「勝利の備えをしよう!」

1、 勝利の武器を使って、困難に立ち向かっているか?  (21~22節・24~27節)

困難な問題や苦しみに遭った時、もっとも簡単は対処方法は、恨みを抱くことである。
恨みを抱くなら、勝利は決して来ない。恨みは敗北の武器だからである。
でも、祈りによって、恨みではなく赦しを選び取るのである。
ヨシャパテは、アモン人を恨んだのではなく、主に祈り、主の御言葉を取り、
主を賛美して勝利した。
私たちの家庭や学校・職場での人間関係や勉強・ビジネス・お金や健康など、
すべての問題の根っこには霊的な問題がある。勝利を得るために、霊的な武器を取ろう。

2、問題を自分の問題ではなく、神の問題として捉えているか? (11~12節)

解決や答えがないのは自分中心に見ているからである。大きく全体を見るべきである。
主は祝福を注がれる。徹底的に祈るなら主は大胆に答えて下さる。
ヨシャパテは「私たちの神よ。私たちの災難をご覧ください。」と祈った。 

例話3.イエス様も「主の祈り」で「私の父よ」ではなく「私たちの父よ」と祈るようにと祈りを広げて下さった。 

ヨシャパテは、その谷を「ベラカ(祝福)」と名づけた。
私たちも、問題に直面した時に、主の戦いとして受け留めるならば、問題は「祝福」に変えられる。苦しみは、勝利と祝福が生まれる場所なのだから。 
あなたも、「祈り」と「御言葉」と「賛美」の主の勝利の備えをしよう!

主よ感謝します。