2011/08/17

平和をつくる者

2011年8月14日敗戦66周年記念礼拝
新約聖書:マタイの福音書5章9節          
説教:滝田新二牧師

「平和をつくる者は幸いです。その人は神の子どもと呼ばれるからです。」

序.本日は66回目の敗戦記念礼拝である。戦争や原爆の記憶が風化する中で、今年は、大震災と原発事故の未曾有の危機の中での敗戦記念日を迎えた。震災からの復興、子どもたちを放射能から守ること、被災された方々の心のケアーが大きな課題である。今年は、特に平和と社会の安全のために祈りを必要としている。主イエス様は「平和をつくる者は幸いです。」と教えられた。どうすれば私たちは平和をつくる者となれるのだろうか?

1.平和の根源は、主である。(イザヤ9:6)

「ひとりのみどりごが、私たちのために生まれる。ひとりの男の子が、私たちに与えられる。主権はその肩にあり、その名は「不思議な助言者、力ある神、永遠の父、平和の君」と呼ばれる。」

「平和」とは、旧約のヘブル語で「シャローム」、新約のギリシャ語で「アイレーネ」である。この言葉は、ただ単に戦争や争いがない状態を意味するのではなく、心の平安・家庭や社会の中に神の祝福が満ち、人々の間に豊かな調和があり、和解と繁栄が満ちた状態を表している。人類は、平和を求め、努力して来た。しかし、歴史の現実は、戦争やテロや紛争などにより、人々が殺され、憎しみが憎しみを呼んでいる。

例話①ドイツ社会学者のソローキンによれば、「人類の歴史は戦争の歴史である。有史6,000年に発生した戦争は1万5千回以上である。第二次世界大戦後も150回以上戦争が発生している。戦争が無くなった日は三週間だけであった。」と語っている。

それは、神の平和を求めるのではなく、人間の知恵と方法で解決しようとしたからである。

初め、エデンの園で神との良い関係の時、人間の心には真の平和があった。しかし、神の命令に背き、罪を犯した人間は、神と断絶し、平和を失い、心には平和の代わりに、憎しみ、殺意、嫉妬、傲慢、悪口、争い、悪巧みが芽生えた。(マルコ7:20~22) 
結果、人間が集まる所はいつも、争い、憎しみが生じ、まことの平和を見る事ができない。
だから、平和の根源である主に立ち返らない限り、どこにでも真の平和をつくり上げることがはできないのである。

2.クリスチャンは平和をつくる者です。 
 
  (平和をつくる3つの関係)

(1)神との平和をつくる。(ローマ5:1)       

人の平和は一時的で、不完全で、利己的である。しかし、神の平和は永久的で、完全で犠牲的である。
ローマ5:1「信仰によって義と認められた私たちは、私たちの主イエス・キリストによって、神との平和を持っています。」   

(2)自分自身との平和をつくる。 (Ⅱコリント5:17~18)
              
「だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。これらのことはすべて、神から出ているのです。神は、キリストによって、私たちをご自分と和解させ、また和解の務めを私たちに与えてくださいました。」         
            
まず、キリストのうちに新しく生まれ変わる事である。自分が罪人であることを自覚し、悔い改め、神の救いの恵みと喜びに満ち溢れる心から神の平和を味わうことができる。  
                        
(3)隣人との平和をつくる。 (エペソ2:14・16)   
                            
14.キリストこそ私たちの平和であり、二つのものを一つにし、隔ての壁を打ちこわし、

16.また、両者を一つのからだとして、十字架によって神と和解させるためなのです。敵意は十字架によって葬り去られました。

主の十字架によって隔ての壁は打ち壊された。私たちは隣人(家族・友人)と和解し平和を築くことができる。

主は「あなたがたは、自分に関する限り、すべての人と平和を保ちなさい」(ローマ12:18)と命じておられる。

教会の存在目的は何か?

まず第1に、私たちが神との平和をつくり、

第2に、自分自身との平和をつくり、

第3に、隣人との平和をつくるために、

救いの福音を宣べ伝え、地域に神の平和をつくるために存在している。あなたは主からこの世に派遣された御国の兵士である。クリスチャンは霊的な戦いの最前線に立っている。パウロが「その十字架の血によって平和をつくり」(ピリピ1:20)と語ったように、罪人のために十字架で流された主の血潮こそまことの平和をつくり上げる力である。神のみことばは、教会の一致と平和を保ち、地域社会や世界の平和をつくることができる。

結 論:『平和をつくる者への祝福』          

主は、平和をつくる者に「その人は神の子どもと呼ばれる」と祝福を約束された。私たちは世から救い出され、平和の主に結ばれ、互いに愛し合い、平和をつくるのである。

例話② 8/1「朝日新聞ニッポン前へ委員会』で論文「伝える喜び 伝わる喜び」で特別賞を受賞したクリスチャンの松村知(とも)さん(山梨県甲府市の中学3年・15才 お父様は甲府キリスト教会の松村牧師)は、中学生として平和をつくり者として主に仕えている。

例話③ 本郷台キリスト教会の働きで、8/1宮城県石巻市に「地域復興支援センター・お茶っこはうすオアシス」が開設された。」多くの教会が被災地で、人々の癒しと救いと平和のために仕えている。

私たちも、家庭や学校。職場で「平和をつくる者」として、主と人々に仕えよう!

主よ感謝します。