~最高の贈り物~
2011年12月25日 クリスマス礼拝
聖書:マタイの福音書2章1~12節
説教:滝田新二牧師
1.イエスが、ヘロデ王の時代に、ユダヤのベツレヘムでお生まれになったとき、見よ、東方の博士たちがエルサレムにやって来て、こう言った。
2.「ユダヤ人の王としてお生まれになった方はどこにおいでになりますか。私たちは、東のほうでその方の星を見たので、拝みにまいりました。」
3.それを聞いて、ヘロデ王は恐れ惑った。エルサレム中の人も王と同様であった。
4.そこで、王は、民の祭司長たち、学者たちをみな集めてキリストはどこで生まれるのかと問いただした。
5.彼らは王に言った。「ユダヤのベツレヘムです。預言者によってこう書かれているからです。
6.『ユダの地、ベツレヘム。あなたはユダを治める者たちの中で、決して一番小さくはない。わたしの民イスラエルを治める支配者が、あなたから出るのだから。』」
7.そこで、ヘロデはひそかに博士たちを呼んで、彼らから星の出現の時間を突き止めた。
8.そして、こう言って彼らをベツレヘムに送った。「行って幼子のことを詳しく調べ、わかったら知らせてもらいたい。私も行って拝むから。」
9.彼らは王の言ったことを聞いて出かけた。すると、見よ、東方で見た星が彼らを先導し、ついに幼子のおられる所まで進んで行き、その上にとどまった。
10.その星を見て、彼らはこの上もなく喜んだ。
11.そしてその家にはいって、母マリヤとともにおられる幼子を見、ひれ伏して拝んだ。そして、宝の箱をあけて、黄金、乳香、没薬を贈り物としてささげた。
12.それから、夢でヘロデのところへ戻るなという戒めを受けたので、別の道から自分の国へ帰って行った。
序. Merry Christmas! イエス様を世界の主・王と認めて礼拝したのは東の国の博士たちだけであった。ユダヤ人は誰一人として、このお方を礼拝しようとはしなかった。現代人も同じ(参照:ヨハネ1:9-13) 博士たちは、イエス様に、3つの献げ物を携えて来た。
1.博士たちの礼拝 ( 2章1~2 節)
東の博士たちは、救い主の星を見て、世界の王であり主であるお方への、ただ一度の礼拝のために大旅行に出かけた。
2.博士たちの贈り物 ( 2章9~11節 )
(1)王のための黄金 ( イエス様は、王です )
黄金は王のシンボル。(例話:エジプトのツタンカーメン王の黄金のマスク) 博士たちの黄金は、イエス様こそ、王の王、主の主と認めた。F・B・マイヤーは「あなたも黄金を神に献げているか? 布に包まれた幼子を見ただけの、あの東方の博士たちに比べて、あなたは十字架に架かり、復活された栄光のキリストをご存知のはずだ。....それなのにあなたは、黄金の代わりに、銅貨でことを済ませようとするのか?黄金を、最上のものを、お献げする事こそ、神にも、またあなた自身にもふさわしいことではないか?」と。最高のもの、最上の物を受けるに相応しいお方に、何か余ったら献げるという間違った献げものをしていないか?私たちの人生の王に、私たちの家族の王に、私たちの教会の王に、世界の王に、最上さのさげものをささげ、主の豊かな祝福を受けよう。
(2)神のための乳香 ( イエス様は、神です )
乳香は、神殿での礼拝のために、また祭司たちの油注ぎに用いられた。乳香は、感謝の献げ物と神への賛美を表す穀物の献げ物の一部となっていた。
博士たちはこの贈り物によって、キリストこそ、永遠の神であり、大祭司であることを告白した。(参照:ヨハネ8:46)乳香の献げ物が象徴しているのは、キリストは永遠の神であり、聖いお方、永遠の命であると、宣言している。主が降誕されたのは、十字架の贖いの御業を完成するため。 では、私たちの献げるべき乳香とは何か?
A・B・シンプソンは「キリストが私たちに要求される事は、私たちの礼拝である。まず第一に自分自身をキリストに献げるのでなければ、私たちの黄金を受け入れられないのと同じように。私たちのどのような奉仕をも受け入れないであろう!」 私たちの「真心という乳香の献げ物、礼拝という乳香の献げ物、自分自身という献身の乳香を、まず主イエス様に献げよう!
(3)救い主のための没薬 ( イエス様は、救い主です )
没薬(ミルラ)は、ミイラを作る時に、死体に添え、防腐処置を施すために用いられた。没薬は、イエス様のご生涯の初めと終わりに関係している。初めは、博士たちが幼子に献げ、終わりには、ローマ兵が十字架の上の主に没薬を混ぜたブドウ酒を飲ませようとした。ニコデモは埋葬のために没薬を携えて来た。没薬は、死者の葬りのためのもの。「主イエス様は生きるために生まれて来たのではなく、十字架で死ぬために生まれて来た」主のご生涯は、初めから終わりまでが「没薬」の生涯であった。(参照:イザヤ53:4-5)
私たちの献げるべき「没薬」とは何か? 「イエス様をあなたの救い主として信じ受け入れる」「伝える」という「没薬」を献げること。
結論:『 クリスマスは、あなたへの最高の贈り物です 』(2章10~11節)
① イエス様を、あなたの人生の王・主として受け入れよう!
博士たちがひれ伏したように、あなたも、主イエス様に従おう。
② イエス様を、あなたの永遠の神として受け入れよう!
このお方に礼拝をささげよう。 主への献身を新たにしよう。
③イエス様を、あなたの救い主として受け入れよう!
あなたの過去の罪の赦しを受け、信仰を新たにしよう。
不安と恐れを取り除く完全な治療薬は、キリストの完全な愛である。イエス様を信じ、心に受け入れ、自由になろう。クリスマスは、壊れた関係の回復の時である。平和の主を受け入れる時、聖霊様があなたの心に内住されて、あなたは平和の子となる。あなたへのクリスマスの最高のプレゼントであるイエス様を心にお迎えし、共にお祝いしましょう!
主よ感謝します。
2011/12/19
クリスマス
~神に不可能はありません~
2011年12月18日
聖書:ルカの福音書1章26−38節
説教:滝田新二牧師
26.ところで、その六か月目に、御使いガブリエルが、神から遣わされてガリラヤのナザレという町のひとりの処女のところに来た。
27.この処女は、ダビデの家系のヨセフという人のいいなずけで、名をマリヤといった。
28.御使いは、はいって来ると、マリヤに言った。「おめでとう、恵まれた方。主があなたとともにおられます。」
29.しかし、マリヤはこのことばに、ひどくとまどって、これはいったい何のあいさつかと考え込んだ。
30.すると御使いが言った。「こわがることはないマリヤ。あなたは神から恵みを受けたのです。
31.ご覧なさい。あなたはみごもって、男の子を産みます。名をイエスとつけなさい。
32.その子はすぐれた者となり、いと高き方の子と呼ばれます。また、神である主は彼にその父ダビデの王位をお与えになります。
33.彼はとこしえにヤコブの家を治め、その国は終わることがありません。」
34.そこで、マリヤは御使いに言った。「どうしてそのようなことになりえましょう。私はまだ男の人を知りませんのに。」
35.御使いは答えて言った。「聖霊があなたの上に臨み、いと高き方の力があなたをおおいます。それゆえ、生まれる者は、聖なる者、神の子と呼ばれます。
36.ご覧なさい。あなたの親類のエリサベツも、あの年になって男の子を宿しています。不妊の女といわれていた人なのに、今はもう六か月です。
37.神にとって不可能なことは一つもありません。」
38.マリヤは言った。「ほんとうに、私は主のはしためです。どうぞ、あなたのおことばどおりこの身になりますように。」こうして御使いは彼女から去って行った。
序. 「アドベント(待降節)」とは「主を待ち望み・主に向う」ことである。実は私たちの生活は、いつもアドベ ントである。すべてにおいて主は、あなたに先立って 道を示し、呼びかけておられる。 それゆえ、主の呼びかけを聞き、それ に従って行くことによって、私たちは主の祝福を受ける。
1.主の呼びかけ 〜おめでとう恵まれた方〜 (26〜35節)
天使ガブリエルが、マリヤに突然現れて「おめでとう。恵まれた方。主があなたと共におられます」(28節)と呼びかけた。マリヤは、この言葉に戸惑いながらも「これはいったい何のあいさつかと考え込んだ。」(29節)マリヤのすばらしさは、応答(反応)する前に、考え込む(思い巡らす)ことにある。マリアはいつも主の御前に静まり、み言葉を思い巡らし、朗唱していた。(参照:ルカ2:51)
私たちもマリアのように神と親しく交わるためには、御前に静まることが求められている。主はこの世界を、多忙で複雑には創造されなかった。『神は私たちを、わかりやすく単純なものに造られた。しかし、私たちが自分たちをひどく複雑なものにしてしまった。』(伝道者7:29TEV訳)
私たちが静まることを妨げるものは、2つある。
① 第1番目は、私たちの「欲望」である。 私たちは現状に満足せず、獲得競争で苛立ち、平安がない。
② 第2番目は、私たちの「妬(ねた)み」である。主のことよりも自分や他人のことが一番の関心事にな り、満足がなくなり、 シンプルな生活ができない。
天使は「マリヤ。あなたはみごもって、男の子を産みます。名をイエスとつけなさい」「聖霊があなたの上に臨み、いと高き方の力があなたをおおいます。それゆえ、生まれる者は、聖なる者、神の子と呼ばれます。」男の子(救い主)は、ダビデの王国を再興し、永遠の神の国を確立すると告げる。
2.主への応答 〜おことばどおりなりますように〜 (38節)
マリヤは応答した。「私は主のはしためです。どうぞ、あなたのおことばどおり この身になりますように。」「はしため」とは、奴隷を意味する。ここに、神のみこころへの徹底的な服従の姿勢が見られる。私たちは、自分の願望に縛られて、祈りによって主を奴隷のように動かそうとする。 しかし、それでは、神の真実の愛を体験することはできない。 あなたの生涯に、神のみこころがなることを妨害しているのは何か? あなた自身の自我、石よりも硬い石の心である。 全能の神は、身を低くして、ノックして、あなたを用いようとしておられる。
(参照:ヨハネの黙示3:20) 『見よ。わたしは、戸の外に立ってたたく。だれでも、わたしの声を聞いて戸をあけるなら、わたしは、彼のところにはいって、彼とともに食事をし、彼もわたしとともに食事をする。』
このマリヤの祈りこそ、最高の応答(献身)の祈りである。主に祝福される信仰の応答である。主の祈りの「みこころが天で行なわれるように地でも行なわれますように」と基本的に同じ祈りである。エリザベツは、45節で「主によって語られたことは必ず実現すると信じきった人は、何と幸いなことでしょう」と祝福した。マリヤがみことばに応答する祈りをささげたことを指している。あなたも、同じ応答をするなら、神の友と呼ばれ、神の救いのご計画のために豊かに用いられる。
結論:『神に不可能はありません』(37節)
主は、マリヤに「神にとって不可能なことは一つもありません」
(Nothing is impossible with God. NIV訳)と宣言された。
このみ言葉は、神が私たちの生涯に行われる御業を、人間的な常識の枠に閉じ込めてしまいがちな私たちの心を押し広げる、決定的な神のみ言葉である。ここには教理的に何か目新しい教えはない。これは神の定義である。しかし、このみ言葉を、あなたが心の底から確信できるなら、あなたの人生は変わる。マリヤは、自分の周りで起こるイスラエルの民の様々な悲劇に心を痛めていた。しかし、主が処女である自分から救い主が生まれるという御告げを受けた。「神にとって不可能なことは一つもありません」と聞いた時、彼女は決断して「あなたのおことばどおりこの身になりますように」と応答し、主に自分のすべて差し出し、神に献身した。この時、世界の歴史は動いた。神の救いのご計画であるクリスマスが、こうして実現した。
例話:ハリウッドのスター・俳優・クリフトン・ディービスの 人生を変えた1980年12月25日』
彼は1945年に牧師の家庭に生まれました。霊的に恵まれた環境でしたが、教会のクリスチャンのことばと行動に嫌気がさして、自由を求めブロードウエーに行き、やがてハリウッドのスターの仲間入りをし、トニー賞を受賞し、数多くのテレビドラマに出演します。人気商売ゆえのハリウッドの過酷な競争の中で、過度のストレスと不安に耐えきれずにコカインに手を出し、中毒になり転げ落ちて行きます。やがて豪邸のすべてをお酒と薬物に注ぎ、破綻してしまいます。家族はずーと祈っていました。1980年の12月25日彼は死のうとしていました。そこに電話が鳴ります。牧師となった兄のカーライルからです「みんなが心配している。お母さんは夕べおまえが死にそうになっている夢を見たそうだ」「兄さんほっといてくれ」「神様は変わらずお前を愛している。お前に生きてほしいんだよ。神様がそのことを知らせなさいといわれるんだ。ダニエル書12章3節だ 「思慮深い人々は大空の輝きのように輝き、多くの者を義とした者は世世限りなく、星(スター)のようになる」クリフトン神様は、お前に、神のためのスターになってほしいと思っておられるんだよ」主に触れられ、電話口でひざまずき、「主よ、この罪人をあわれんでください」と祈ると、せきを切ったように泣き崩れ、おえつをあげて祈り悔い改め、放蕩息子が帰ったようい、神から逃れて来た恐るべき年月から解放され、やがてコカインからも解放され、大学・神学校に進み、牧師の資格を取り、伝道ししながら、ハリウッドで神のスターとして輝いています。
今朝、主は、あなたにも同じ信仰の応答を求めておられる。
「あなたのおことばどおりこの身になりますように」と、自分の身と心を主にお献げしよう!
主よ、感謝します。
2011年12月18日
聖書:ルカの福音書1章26−38節
説教:滝田新二牧師
26.ところで、その六か月目に、御使いガブリエルが、神から遣わされてガリラヤのナザレという町のひとりの処女のところに来た。
27.この処女は、ダビデの家系のヨセフという人のいいなずけで、名をマリヤといった。
28.御使いは、はいって来ると、マリヤに言った。「おめでとう、恵まれた方。主があなたとともにおられます。」
29.しかし、マリヤはこのことばに、ひどくとまどって、これはいったい何のあいさつかと考え込んだ。
30.すると御使いが言った。「こわがることはないマリヤ。あなたは神から恵みを受けたのです。
31.ご覧なさい。あなたはみごもって、男の子を産みます。名をイエスとつけなさい。
32.その子はすぐれた者となり、いと高き方の子と呼ばれます。また、神である主は彼にその父ダビデの王位をお与えになります。
33.彼はとこしえにヤコブの家を治め、その国は終わることがありません。」
34.そこで、マリヤは御使いに言った。「どうしてそのようなことになりえましょう。私はまだ男の人を知りませんのに。」
35.御使いは答えて言った。「聖霊があなたの上に臨み、いと高き方の力があなたをおおいます。それゆえ、生まれる者は、聖なる者、神の子と呼ばれます。
36.ご覧なさい。あなたの親類のエリサベツも、あの年になって男の子を宿しています。不妊の女といわれていた人なのに、今はもう六か月です。
37.神にとって不可能なことは一つもありません。」
38.マリヤは言った。「ほんとうに、私は主のはしためです。どうぞ、あなたのおことばどおりこの身になりますように。」こうして御使いは彼女から去って行った。
序. 「アドベント(待降節)」とは「主を待ち望み・主に向う」ことである。実は私たちの生活は、いつもアドベ ントである。すべてにおいて主は、あなたに先立って 道を示し、呼びかけておられる。 それゆえ、主の呼びかけを聞き、それ に従って行くことによって、私たちは主の祝福を受ける。
1.主の呼びかけ 〜おめでとう恵まれた方〜 (26〜35節)
天使ガブリエルが、マリヤに突然現れて「おめでとう。恵まれた方。主があなたと共におられます」(28節)と呼びかけた。マリヤは、この言葉に戸惑いながらも「これはいったい何のあいさつかと考え込んだ。」(29節)マリヤのすばらしさは、応答(反応)する前に、考え込む(思い巡らす)ことにある。マリアはいつも主の御前に静まり、み言葉を思い巡らし、朗唱していた。(参照:ルカ2:51)
私たちもマリアのように神と親しく交わるためには、御前に静まることが求められている。主はこの世界を、多忙で複雑には創造されなかった。『神は私たちを、わかりやすく単純なものに造られた。しかし、私たちが自分たちをひどく複雑なものにしてしまった。』(伝道者7:29TEV訳)
私たちが静まることを妨げるものは、2つある。
① 第1番目は、私たちの「欲望」である。 私たちは現状に満足せず、獲得競争で苛立ち、平安がない。
② 第2番目は、私たちの「妬(ねた)み」である。主のことよりも自分や他人のことが一番の関心事にな り、満足がなくなり、 シンプルな生活ができない。
天使は「マリヤ。あなたはみごもって、男の子を産みます。名をイエスとつけなさい」「聖霊があなたの上に臨み、いと高き方の力があなたをおおいます。それゆえ、生まれる者は、聖なる者、神の子と呼ばれます。」男の子(救い主)は、ダビデの王国を再興し、永遠の神の国を確立すると告げる。
2.主への応答 〜おことばどおりなりますように〜 (38節)
マリヤは応答した。「私は主のはしためです。どうぞ、あなたのおことばどおり この身になりますように。」「はしため」とは、奴隷を意味する。ここに、神のみこころへの徹底的な服従の姿勢が見られる。私たちは、自分の願望に縛られて、祈りによって主を奴隷のように動かそうとする。 しかし、それでは、神の真実の愛を体験することはできない。 あなたの生涯に、神のみこころがなることを妨害しているのは何か? あなた自身の自我、石よりも硬い石の心である。 全能の神は、身を低くして、ノックして、あなたを用いようとしておられる。
(参照:ヨハネの黙示3:20) 『見よ。わたしは、戸の外に立ってたたく。だれでも、わたしの声を聞いて戸をあけるなら、わたしは、彼のところにはいって、彼とともに食事をし、彼もわたしとともに食事をする。』
このマリヤの祈りこそ、最高の応答(献身)の祈りである。主に祝福される信仰の応答である。主の祈りの「みこころが天で行なわれるように地でも行なわれますように」と基本的に同じ祈りである。エリザベツは、45節で「主によって語られたことは必ず実現すると信じきった人は、何と幸いなことでしょう」と祝福した。マリヤがみことばに応答する祈りをささげたことを指している。あなたも、同じ応答をするなら、神の友と呼ばれ、神の救いのご計画のために豊かに用いられる。
結論:『神に不可能はありません』(37節)
主は、マリヤに「神にとって不可能なことは一つもありません」
(Nothing is impossible with God. NIV訳)と宣言された。
このみ言葉は、神が私たちの生涯に行われる御業を、人間的な常識の枠に閉じ込めてしまいがちな私たちの心を押し広げる、決定的な神のみ言葉である。ここには教理的に何か目新しい教えはない。これは神の定義である。しかし、このみ言葉を、あなたが心の底から確信できるなら、あなたの人生は変わる。マリヤは、自分の周りで起こるイスラエルの民の様々な悲劇に心を痛めていた。しかし、主が処女である自分から救い主が生まれるという御告げを受けた。「神にとって不可能なことは一つもありません」と聞いた時、彼女は決断して「あなたのおことばどおりこの身になりますように」と応答し、主に自分のすべて差し出し、神に献身した。この時、世界の歴史は動いた。神の救いのご計画であるクリスマスが、こうして実現した。
例話:ハリウッドのスター・俳優・クリフトン・ディービスの 人生を変えた1980年12月25日』
彼は1945年に牧師の家庭に生まれました。霊的に恵まれた環境でしたが、教会のクリスチャンのことばと行動に嫌気がさして、自由を求めブロードウエーに行き、やがてハリウッドのスターの仲間入りをし、トニー賞を受賞し、数多くのテレビドラマに出演します。人気商売ゆえのハリウッドの過酷な競争の中で、過度のストレスと不安に耐えきれずにコカインに手を出し、中毒になり転げ落ちて行きます。やがて豪邸のすべてをお酒と薬物に注ぎ、破綻してしまいます。家族はずーと祈っていました。1980年の12月25日彼は死のうとしていました。そこに電話が鳴ります。牧師となった兄のカーライルからです「みんなが心配している。お母さんは夕べおまえが死にそうになっている夢を見たそうだ」「兄さんほっといてくれ」「神様は変わらずお前を愛している。お前に生きてほしいんだよ。神様がそのことを知らせなさいといわれるんだ。ダニエル書12章3節だ 「思慮深い人々は大空の輝きのように輝き、多くの者を義とした者は世世限りなく、星(スター)のようになる」クリフトン神様は、お前に、神のためのスターになってほしいと思っておられるんだよ」主に触れられ、電話口でひざまずき、「主よ、この罪人をあわれんでください」と祈ると、せきを切ったように泣き崩れ、おえつをあげて祈り悔い改め、放蕩息子が帰ったようい、神から逃れて来た恐るべき年月から解放され、やがてコカインからも解放され、大学・神学校に進み、牧師の資格を取り、伝道ししながら、ハリウッドで神のスターとして輝いています。
今朝、主は、あなたにも同じ信仰の応答を求めておられる。
「あなたのおことばどおりこの身になりますように」と、自分の身と心を主にお献げしよう!
主よ、感謝します。
2011/12/13
クリスマス
~その名はインマヌエル~
2011年12月11日
聖書:マタイの福音書 1章16-25節
説教:滝田新二牧師
16.ヤコブにマリヤの夫ヨセフが生まれた。キリストと呼ばれるイエスはこのマリヤからお生まれになった。
17.それで、アブラハムからダビデまでの代が全部で十四代、ダビデからバビロン移住までが十四代、バビロン移住からキリストまでが十四代になる。
18.イエス・キリストの誕生は次のようであった。その母マリヤはヨセフの妻と決まっていたが、ふたりがまだいっしょにならないうちに、聖霊によって身重になったことがわかった。
19.夫のヨセフは正しい人であって、彼女をさらし者にはしたくなかったので、内密に去らせようと決めた。
20.彼がこのことを思い巡らしていたとき、主の使いが夢に現れて言った。「ダビデの子ヨセフ。恐れないであなたの妻マリヤを迎えなさい。その胎に宿っているものは聖霊によるのです。
21.マリヤは男の子を産みます。その名をイエスとつけなさい。この方こそ、ご自分の民をその罪から救ってくださる方です。」
22.このすべての出来事は、主が預言者を通して言われた事が成就するためであった。
23.「見よ、処女がみごもっている。そして男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。」(訳すと、神は私たちとともにおられる、という意味である。)
24.ヨセフは眠りからさめ、主の使いに命じられたとおりにして、その妻を迎え入れ、
25.そして、子どもが生まれるまで彼女を知ることがなく、その子どもの名をイエスとつけた。
序.今日はアドベント(待降節)第3週である。
救い主のご誕生は、マタイとルカの福音書に記されている。ルカは、母マリヤから見た誕生の様子が描かれているのに対し、マタイは、父ヨセフの立場から見ている。けれども、ヨセフの場合父親と言っても、血のつながりはなく、あくまでも法律上の父であり、養父であった事実が、その系図で明らかにされている。(16節) では、一体、救い主はどのようにして誕生したのだろうか?
1.ユダヤの結婚 (18節)
当時のユダヤの結婚には順序があった。
第1段階は、「婚約の段階」で、子どもの頃に両親によって決められた。
第2段階は、「許婚の段階」 許婚とは、法律上の結婚で期間は普通一年。
しかし実際に夫婦として生活する権利は持っていなかった。ヨセフとマリヤは、この許婚の段階にあった。
最後の段階は、「結婚式」であった。
花婿が新居を用意できたら、許婚の期間が終わり、ふたりは人々の祝福を受け、盛大な結婚式を挙げた。
2.ヨセフの試練と苦悩 (18~19節)
若者ヨセフの夢を打ち砕くような出来事が起る。婚約中のマリヤが妊娠した。まさに青天の霹靂(へきれき)で、ヨセフの心は、動揺し、苦渋し、将来への不安で満ちた。ヨセフは、マリヤを姦淫の罪で裁判に訴えることもできたが、ルールに縛られた石頭の律法主義者ではなかった。ヨセフは、正しい人であると同時に愛の人でもあった。マリヤを内密に去らせ、密かに離婚することを考えた。しかしマリヤのお腹は世間の目を欺けなくなる時がくる。夜も眠れず思い悩むヨセフに、主の使いが現れた。
3.主の使いの受胎告知 (20~25節)
「ダビデの子ヨセフ。恐れないであなたの妻マリヤを迎えなさい。その胎に宿っているものは聖霊によるのです」と、主の使いはヨセフがダビデ王の子孫であることを思い起こさせ、マリヤが生むのは神の遣わす救い主であると励ました。思い悩むヨセフの心に、神の約束の御言葉による平安がもたらされた。私たちの人生に真の平安をもたらす秘訣は、神のみことばである。ヨセフは、ご自分の民をその罪から救ってくださる男の子をわが子として愛し、育てることのできる光栄に喜びが湧き上がったことだろう。そしてヨセフは主に従った。ヨセフは夢を打ち砕くような出来事に出会っても、自分の苦しみよりも人の苦しみを思いやる人。救い主が生まれるまではマリヤを知ることがなく、守るべき者のために自分を捨てる人。また何よりも主の最善を信じる人。それが神の人ヨセフであった。私たちは、このヨセフのような愛で人を愛し、主を愛し、主に従順しているだろうか?
結論:「インマヌエル(神は私たちと共におられる)」(22~23節)
ヨセフが困難の中にあって愛に富む生き方ができたのは、ヨセフと共に歩まれた神の愛によると聖書は教えている。イエスとは「主は救ってくださる」という意味がある。
クリスマスの素晴らしいニュースは、主があなたとは無関係でどこか遠くにおられるのではなく、今ここに、あなたと共におられることである。
主は、人として生まれ、私たちと共に歩み、私たちのために最善をなすことを、この上ない喜びとされるお方である。まさに愛そのものであるという驚くべき知らせである。
アドベントの礼拝で、私たちがしなければならないのは、ただ2つのことである。1つは、聖い全能の神があなたを愛する余り、私たち人間のひとりになられたと信じること。2つは、自分が愛に欠け、いかにひどい罪人であるか、イエス様の救いを必要としているかを認め、心に受け入れることである。
あなたが、イエス様を救い主として信じ、心と人生にお迎えする時に、あなたは、主ご自身と親しく交わり、神の愛のうちに憩うことが、この世のすべてにまさる喜びであることを知るようになる。こうして、あなたもヨセフのように、神と人を愛する神の人へと変えられるのである。
主よ謝します。
2011年12月11日
聖書:マタイの福音書 1章16-25節
説教:滝田新二牧師
16.ヤコブにマリヤの夫ヨセフが生まれた。キリストと呼ばれるイエスはこのマリヤからお生まれになった。
17.それで、アブラハムからダビデまでの代が全部で十四代、ダビデからバビロン移住までが十四代、バビロン移住からキリストまでが十四代になる。
18.イエス・キリストの誕生は次のようであった。その母マリヤはヨセフの妻と決まっていたが、ふたりがまだいっしょにならないうちに、聖霊によって身重になったことがわかった。
19.夫のヨセフは正しい人であって、彼女をさらし者にはしたくなかったので、内密に去らせようと決めた。
20.彼がこのことを思い巡らしていたとき、主の使いが夢に現れて言った。「ダビデの子ヨセフ。恐れないであなたの妻マリヤを迎えなさい。その胎に宿っているものは聖霊によるのです。
21.マリヤは男の子を産みます。その名をイエスとつけなさい。この方こそ、ご自分の民をその罪から救ってくださる方です。」
22.このすべての出来事は、主が預言者を通して言われた事が成就するためであった。
23.「見よ、処女がみごもっている。そして男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。」(訳すと、神は私たちとともにおられる、という意味である。)
24.ヨセフは眠りからさめ、主の使いに命じられたとおりにして、その妻を迎え入れ、
25.そして、子どもが生まれるまで彼女を知ることがなく、その子どもの名をイエスとつけた。
序.今日はアドベント(待降節)第3週である。
救い主のご誕生は、マタイとルカの福音書に記されている。ルカは、母マリヤから見た誕生の様子が描かれているのに対し、マタイは、父ヨセフの立場から見ている。けれども、ヨセフの場合父親と言っても、血のつながりはなく、あくまでも法律上の父であり、養父であった事実が、その系図で明らかにされている。(16節) では、一体、救い主はどのようにして誕生したのだろうか?
1.ユダヤの結婚 (18節)
当時のユダヤの結婚には順序があった。
第1段階は、「婚約の段階」で、子どもの頃に両親によって決められた。
第2段階は、「許婚の段階」 許婚とは、法律上の結婚で期間は普通一年。
しかし実際に夫婦として生活する権利は持っていなかった。ヨセフとマリヤは、この許婚の段階にあった。
最後の段階は、「結婚式」であった。
花婿が新居を用意できたら、許婚の期間が終わり、ふたりは人々の祝福を受け、盛大な結婚式を挙げた。
2.ヨセフの試練と苦悩 (18~19節)
若者ヨセフの夢を打ち砕くような出来事が起る。婚約中のマリヤが妊娠した。まさに青天の霹靂(へきれき)で、ヨセフの心は、動揺し、苦渋し、将来への不安で満ちた。ヨセフは、マリヤを姦淫の罪で裁判に訴えることもできたが、ルールに縛られた石頭の律法主義者ではなかった。ヨセフは、正しい人であると同時に愛の人でもあった。マリヤを内密に去らせ、密かに離婚することを考えた。しかしマリヤのお腹は世間の目を欺けなくなる時がくる。夜も眠れず思い悩むヨセフに、主の使いが現れた。
3.主の使いの受胎告知 (20~25節)
「ダビデの子ヨセフ。恐れないであなたの妻マリヤを迎えなさい。その胎に宿っているものは聖霊によるのです」と、主の使いはヨセフがダビデ王の子孫であることを思い起こさせ、マリヤが生むのは神の遣わす救い主であると励ました。思い悩むヨセフの心に、神の約束の御言葉による平安がもたらされた。私たちの人生に真の平安をもたらす秘訣は、神のみことばである。ヨセフは、ご自分の民をその罪から救ってくださる男の子をわが子として愛し、育てることのできる光栄に喜びが湧き上がったことだろう。そしてヨセフは主に従った。ヨセフは夢を打ち砕くような出来事に出会っても、自分の苦しみよりも人の苦しみを思いやる人。救い主が生まれるまではマリヤを知ることがなく、守るべき者のために自分を捨てる人。また何よりも主の最善を信じる人。それが神の人ヨセフであった。私たちは、このヨセフのような愛で人を愛し、主を愛し、主に従順しているだろうか?
結論:「インマヌエル(神は私たちと共におられる)」(22~23節)
ヨセフが困難の中にあって愛に富む生き方ができたのは、ヨセフと共に歩まれた神の愛によると聖書は教えている。イエスとは「主は救ってくださる」という意味がある。
クリスマスの素晴らしいニュースは、主があなたとは無関係でどこか遠くにおられるのではなく、今ここに、あなたと共におられることである。
主は、人として生まれ、私たちと共に歩み、私たちのために最善をなすことを、この上ない喜びとされるお方である。まさに愛そのものであるという驚くべき知らせである。
アドベントの礼拝で、私たちがしなければならないのは、ただ2つのことである。1つは、聖い全能の神があなたを愛する余り、私たち人間のひとりになられたと信じること。2つは、自分が愛に欠け、いかにひどい罪人であるか、イエス様の救いを必要としているかを認め、心に受け入れることである。
あなたが、イエス様を救い主として信じ、心と人生にお迎えする時に、あなたは、主ご自身と親しく交わり、神の愛のうちに憩うことが、この世のすべてにまさる喜びであることを知るようになる。こうして、あなたもヨセフのように、神と人を愛する神の人へと変えられるのである。
主よ謝します。
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