2012/01/23

アブラハムの生き方

~アブラハムの生涯④~

2012年1月22日                            
聖書:創世記14章1~24節
説教:滝田新二牧師

序.アブラハムの生涯を3回学んだ。彼は、主の召しに従い、約束の地カナンをめざす旅人であり、約束の地で祭壇を築き主を礼拝し祈る敬虔な人である。そして身内の争いを避ける平和の人であり、甥のロトに良い方の土地を選ばせる謙遜な人である。しかし、今日は戦う人であり、勇気の人アブラハムの姿を学ぶ。

1.戦いに巻き込まれるアブラハム (創世記14章1~12節)

(1)戦いのはじまり ~死海連合の西軍の反乱~ (1~4節)

カナンの地には、小さな国々(ソドム、ゴモラ、アデマ、ツェボイム、ベラ)があり、メソポタミヤのケドルラオメル王の属国であった。ところが13年目に反旗を翻した。 ケドルラオメルらメソポタミヤの4カ国連合の東軍と、5つの死海連合の西軍の天下分け目の戦いの火ぶたは切って落とされた。

(2)戦いの結果 ~東軍の大勝利~ (5~12節)

東軍は、カナンを北から進入して、王の道周辺の国々を撃破してから南下し、西軍に向う。一方、迎え撃つ死海の西軍は、死海の近くのシディムの谷を戦場に選ぶ。瀝青(アスファルト)を掘るための穴が多数あり、大勢力の東軍を分断して、奇襲をかけるのに最善であった。しかしソドムとゴモラの堕落した罪の生活で、すっかり腑抜けの西軍は、百戦錬磨のケドルラオメル軍に勝てる訳などなかった。アブラムの親戚ロトと家族も捕虜となり連れ去られた。

2.無欲の戦いのアブラハム ~奇襲攻撃~ (創世記14章13~6節)

アブラムは、ロトの救出に立ち上がる。近隣のマムレの族長たちと、自分の僕318人でケドルラオメルを追跡する。東軍は巨大であり、彼らは巨人に向かう小人のようなものであった。アブラムは、勝利に気が緩んで夜遅くまで酒盛りをして眠りこけた敵に夜襲する。奇襲作戦は大成功した。この時のアブラムの戦いは義の戦いであった。人の領土や財宝を奪うためでもなく、全く無欲な戦いであった。

3.神に栄光を帰すアブラハム (創世記14章17~24節) 
 
(1)メルキデテクの祝福 (エルサレムの王・大祭司メルキデテク)

メルキゼデクは、アブラハムと同じく、天地の創造主を信じ、神に仕える祭司で、イエス・キリスト様のひな形である。(ヘブル5:8~10) 彼は、アブラハムに勝利を与えた神に栄光を帰し、賛美し、祝福した。アブラハムも、主に感謝して、自分の物の十分の一をメルキゼデクにささげた。

(2)狡猾なソドムの王  (14:21~24節) 
  
狡猾なソドムの王の申し出と誘惑を彼は即座に断った。

結論:『栄光はすべて主に!』

私たちはアブラハムの生き方の中に、義の戦いに立ち上がる「勇気」、自分に勝利や成功を与えられた主に栄光をささげる「謙遜」、この世の誘惑をきっぱりと断る「潔さ」、人の労苦を思いやる「優しさ」を見た。

これらは、私たちが身につけるべきキリスト者の美徳・御霊の実である。主に従うことは本当に祝福である。主の恵みと真理の中を歩み続けるなら、神を愛し、人を愛することにおいて祝福され、成長できる。本当に主を信じる者であるなら、どんな場合でも、栄光は神に帰し、すべての落度は、この罪人の私に帰していくべきである。

アブラハムの勇敢で、実に巧みな、また無欲な戦いが勝利を決した。この勝利は、かつてエジプトであの大きな失敗を通して、自分の弱さを知り、砕かれ、聖められたからである。 (参照:コロサイ2:3。Ⅰコリント6:19~20)

宗教改革者のモットーは『栄光は神に、恥は我に』であった。 

◎例話:足尾銅山の公害救済に生涯をささげた田中正造の言葉
「真の文明は 山を荒らさず 川を荒らさず 村を破らず 人を殺さざるべし 」 

主よ、感謝します。